住 所   島根県江津市有福温泉町736-1
  電 話   0855-56-3353 (御前湯)
 営業時間   7:00~21:30
 入浴料   400円
温泉利用状況   完全放流式
   
 源 泉 名   有福温泉
  泉 質   単純温泉(アルカリ性)
 湧出量       ℓ/min
 泉 温   43.1  ℃
 pH   9.0
 成分総計   0.31 g/㎏
    Na=74.5/K=1.9/Ca=3.5/Mg=0.1(80.0㎎/㎏)
  F=2.6/Br=0.2/Cl=63.5/SO4=16.2/HCO3=54.3/
  CO3=18.6(155.4㎎/㎏)
  H2Si03=76.4/HBO2=0.7(77.1㎎/㎏)
  
                        
〔2005.08.15〕
 入浴履歴   初訪08.11.02
 評 価   ★★★★
 有福温泉
弥 生 湯
                           ありふくおんせん やよいゆ
扉を開けたすぐ右側が水色を基調とした玉石タイル張りの浴
室となっており、手前右手には1.7×1.45mほどの小ぢんま
りとしたタイル張り湯船、左側の洗い場には2基のシャ
ワーカランが配され、共同浴場には珍しくソープ類が1セッ
ト備えられています。

奥の壁から突き出た竹管の湯口からドボドボと掛け流されて
いるのは、敷地内で自噴しているというアルカリ性単純温泉。
ややぬるめとなった無色透明の清澄な湯からは重曹臭、湯口
では微弱ながら硫黄臭が香り、肌触りがつるつるする柔らか
い浴感にとても好感しました。
左右に分かれた男女別のアルミ扉の間が
番台となっており、湯番のおばさんに入
浴料を直接手渡して浴場へ向かいます。

浴場は入口から階段を10段下りた地下に
設けられ、階段を下りた右手には6庫分
の100円返却式スチールロッカーが置か
れています。
この浴場では、脱衣所は特に独立して設
定されておらず、ロッカーの前のわずか
な空間で脱衣を行うようになっていまし
た。
浴場の入口は道路の反対側にあ
り、当温泉のシンボルでもある
御前湯の前から続く石畳に面し
ています。
有福温泉は、国道9号(山陰道)の敬川橋東詰交差点から敬川に沿うように県道下府江津線(299号)・田所国府
線(50号)を南下すること約6.5㎞、三方を山に囲まれた狭小な山間に、湯治場や花街として活況を呈していた
かつての面影と情緒を色濃く残す温泉地です。

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施設的には新しいものの、3か所の共同浴場の中では普段使いの生活温泉の色合いが最も濃い浴場であり、訪
れた時も地元のお爺さんから有福温泉の話をあれこれ伺うことができ、印象が強く残った一湯でした。
                                            〔10.11.28〕
『弥生湯』は、湯路橋と湯本橋を渡った先にある温泉街の歓迎ゲートか
ら260mほど進んだ左手、3か所ある共同浴場の中では温泉街の最も奥に
位置する浴場です。

1914(大正3)年、旧有福村が山藤茂作さんという個人が所有されていた
泉源を買い取って開設した木造2階建ての浴場を嚆矢とし、共同浴場の
中では一番新しいことから、“新湯”とも呼ばれていたそうです。
1937年に火災に遭い、その後平屋建ての浴舎に建替え。
現在、湯路川のすぐ傍らに建つ湯気抜きを備えた木造平屋建ての浴舎は、
2005年に改築されたもので、石見らしい石州瓦の鮮やかな橙色がとても
目を引きます。
山の斜面に旅館・共同浴場や民家が雛壇のように建ち並び、その間を
縫うように石畳の坂道や石段が設けられている景観から、“山陰の伊
香保”という異名も付けられています。

開湯は1350年以上前。
651(白雉2)年、この地を訪れた天竺(インド)の僧 法道仙人によって
発見され、国司として石見国に赴任した柿本人麻呂が、妻の依羅娘子
とともに湯治を行ったとも伝えられています。
以前は9軒の宿が知られていましたが、2010年8月8日、すでに廃業し
ていた和田屋旅館から出火した火災により、たじまや・寺部屋という
2軒の旅館が類焼。ともに全焼し、現在のところ再建の見通しは立っ
ていません。