住 所   石川県小松市粟津町ワ40
  電 話   0761-65-1811
 営業時間   2018.06.30 閉館
 入浴料   
温泉利用状況   完全放流式
   
 源 泉 名   粟津温泉かめたに3号源泉(再)
  泉 質   ナトリウム-硫酸塩・塩化物泉
 湧出量   15.1  ℓ/min
 泉 温   57.2  ℃
 pH   7.7
 成分総計   2.063 g/㎏
    Li=<0.1/Sr=2.2/Na=564.1/K=11.6/Ca=90.1/Mg=0.7/
  Al=<0.1/NH4=0.2/Fe2=<0.1/Fe3=<0.1/Ba=<0.1/
  Mn=<0.1(668.9㎎/㎏)
  F=7.1/I=<0.1/Br=1.3/Cl=325.5/SO4=864.6/HCO3=89.6/
  CO3=0.3/OH=<0.1/NO3=0.4/HS=<0.1/S2O3=<0.1/
  HAsO3=0.1/HPO4=<0.1(1289㎎/㎏)
  H2SiO3=76.4/HBO2=5.7(82.1㎎/㎏)
  CO2=22.6(22.6㎎/㎏)
            
〔2004.12.10〕
 入浴履歴   初訪13.05.03 泊
 評 価   ★★★★★★
 粟津温泉
源泉かけ流しの宿 かめたに
            あわづおんせん げんせんかけながしのやど かめたに
右奥に設えられた竹管を利用した湯口からトボトボと掛け流
されているのは、女湯の脱衣所と浴室の間の地下15mから動
力揚湯されているという自家源泉の含食塩-芒硝泉。
白い粒状の湯の華が舞う
無色透明の熱めの湯から
は、微弱な焦げ臭と薄塩
味が感じられ、湯船の中
では肌がきしきししまし
たが、湯から上がるとべ
たつきが認められました。
浴室は御影石の石板張りで、ガラス張りとなった正面上部の小窓から春
の陽が降り注ぎ、何だか神々しい雰囲気がします。

右手前に1基、左壁に7基のシャワーカランが並び、右側には御影石で縁
取り、槽内は淡緑色の精美な石板で仕上げた3.2×2.3mほどの湯船が奥
に寄せて配されていました。
利用させていただいたのは、エレ
ベーターを下りて右へ進み、突き
当たり手前を再び右に折れると正
面奥に位置する316号室の“藤”。

6畳間の和室は女将さんから手狭
な部屋と恐縮されましたが、“温
泉に入って寝るだけでいい”とい
うプラン通りの目的で訪れました
ので不満はありません。
『源泉かけ流しの宿 かめたに』は、総湯のすぐ左隣、黄門杉を挟んで法師の道向かいに所在する1890(明治
23)年創業の老舗旅館です。

宿泊施設の大半が自家源泉を所有しているものの、浴場の規模が湯量を超えるために循環を余儀なくされて
いる中、粟津温泉の中では唯一源泉を掛け流しで堪能することができる湯宿という情報を得たことから、こ
こ数年のGW恒例となった金沢行きの前泊地として素泊まり利用しました(4980円+入湯税)。
また、この時代の小松は北前船の寄港地である安宅を擁し、温泉地も
全国からの湯治客で賑わっていたそうです。
近代に入り、1907(明治40)年に官設鉄道北陸線に粟津駅が新設され、
続く1911年に粟津軌道線が馬車鉄道として開業すると、皇族や田山花
袋・竹久夢二といった文人・著名人も訪れるようになり、田山は1918
(大正7)年に初版発行された『温泉めぐり』の中で、「粟津温泉は一
番静かで居心地がよかった」と紹介しています。

現在は、2008年8月に移転・新築された共同浴場の総湯を中心に別館
を含めて11軒の宿泊施設が点在し、加賀市の山中・山代・片山津の各
温泉とともに“加賀温泉郷”、あるいは“加賀四湯”と総称されてい
ます。
粟津温泉は、JR北陸本線の粟津駅から県道小松山中線(11号)で南東方向へ約3.6㎞、718(養老2)年に白山
を開いた泰澄禅師(682~767)が霊夢の中で授かった白山大権現のお告げによって発見したと伝えられる北陸
地方最古とされる温泉地です。

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創業以来、館主自らが管理を行い、貯湯タンクを介さずに泉源から直接湯船に供されているという源泉は鮮
度抜群。
浸かった瞬間に肌がビリビリする芒硝泉特有の刺激的な感覚を存分に満喫させていただきました。
                                           〔14.04.22〕
男女別の浴場はフロントの右側にあ
り、フロントのすぐ横が女湯で、そ
の右手が男湯の入口となっています。

脱衣所には茣蓙が敷かれ、左壁に18
庫の脱衣箱、向かい側の浴室入口の
左横に洗面ボウル2基のパウダーコ
ーナーが備えられていました。
趣ある木造建築が出迎えてくれる法
師とは対照的に、1983年に建てられ
たという建物は鉄筋コンクリート造
り地上6階・地下1階建てで、すべて
和室の客室は全19室を数えます。

ガラス格子の自動ドアから館内に入
ると、格天井で絨毯敷きのロビーの
左手に小さなフロントがあり、チェ
ックインの手続きを行い、エレベー
ターで3階へ向かいます。
総 湯
開湯に際して泰澄から湯守を命じられた弟子の雅亮法師は、禅師から
授かった掛佛薬師瑠璃光如来と聖観世音菩薩を守護仏として泰應寺(
現 大王寺)を開く一方、万人の難病治癒のために湯治宿を建てました。
雅亮(初代善五郎)から数えて現館主で46代目という「法師」はこの宿
を嚆矢とする温泉旅館で、山梨県西山温泉の慶雲館が2011年に認定を
受けるまで、“世界で最も歴史のある旅館”として『ギネス・ワール
ド・レコーズ』に登録されていました。

江戸時代には、1640(寛永17)年に47歳の若さで隠居して小松城に移り
住み、3.5㎞ほど南西に所在する北陸の名刹 那谷寺や大王寺を復興さ
せた3代加賀藩主の前田利常にこよなく愛され、温泉街の中心には、
利常が那谷寺参拝の折に立寄って手植えされたという“黄門杉”が現
存しています。