住 所   大分県別府市北浜3-11-11
  電 話   0977-23-0414
 営業時間   立寄り 14:00~17:00
 入浴料   500円
温泉利用状況   完全放流式
   
 源 泉 名   
  泉 質   単純温泉
 湧出量       ℓ/min
 泉 温        ℃
 pH   
 成分総計        g/㎏
    
  
  
  
  

 入浴履歴   初訪13.02.10
 評 価   ★★★★
 別府温泉
割烹旅館 関 屋
                       べっぷおんせん かっぽうりょかん せきや
別府温泉は、JR日豊本線別府駅周辺の繁華街に所在する八湯の中心
となる温泉地で、別府湾に面した北浜地区には大型のホテル・旅館が
建ち並んでいます。

8世紀の初めに編まれた『伊予国風土記』に「速見の湯」として登場
し、鎌倉時代には、御家人であった大友頼康(1222~1300)によって温
泉奉行が置かれ、元寇の戦傷者が保養に訪れたと伝えられています。
また、江戸時代後期の1817(文化14)年に書かれた温泉番付『諸国温泉
効能鑑』では、西の前頭六枚目に位置付けられています。
明治時代に入り、流川の河口に旧別府港が完成(1871年)し、日豊本線
が延伸開業(1911年)すると大きく発展を遂げ、“山は富士、海は瀬戸
内、湯は別府”というキャッチフレーズを考案した油屋熊八の尽力も
あって、全国的に有名な観光・温泉地となりました。
別府温泉郷は、伽藍岳(硫黄山・1045.3m)と鶴見岳(1374.5m)という2つの活火山の東麓に湧く、わが国を
代表する温泉地です。

温泉郷内には、“別府八湯”と総称される別府・亀川・柴石・鉄輪・明礬・堀田・観海寺・浜脇という個性
豊かな8か所の温泉地が点在し、掲示用新泉質名として大別される10の泉質のうち、7種類の湯を楽しむこと
ができます。
泉源の数は別府市内で2288孔、湧出量は毎分87550ℓ(『平成30年度 東部保健所報』より)を数え、“泉都”
の名に相応しい日本一の豊富な湯量を誇っています。
脱衣所は小ぢんまりした造りで、
右側には11個の角籠を納めた15庫
の脱衣箱が鉤形に置かれ、左には
木造りの洗面台が設置されていま
す。
右壁には4基のシャワーカラン、左奥には幅1.95m強、奥行
き2.7m弱の変形六角形を呈した石板張りの湯船が配され、
湯船の縁や床には温泉成分が析出していました。
仄暗い落ち着いた雰囲気の浴場は、㈱アーキテクト・ケイの代表取締役
を務め、「情熱大陸」や「ソロモン流」といったTV番組で和風空間プ
ロデューサーとして紹介された一級建築士である松葉啓氏のデザイン・
設計とのこと。

間接照明のオレンジ色の灯りのもと、単純温泉ながら個性の感じられる
掛け流しの湯を気持ち良く楽しませていただきました。  〔13.11.26〕
ガラス張りの格子戸を入るとすぐ
右に小さな帳場があり、立寄り入
浴をお願いしたところ、3連休中
日のチェックインの時間帯で、し
かも事前連絡なしの訪問にもかか
わらず、快く迎い入れて下さいま
した。

浴場は帳場の奥のロビーを抜けた
突き当たりにあり、左右に扉が並
ぶ2つの浴場のうち、訪れた時は
右側が男湯となっていました。
『割烹旅館 関屋』は、国道10号から別府タワーの南側の通りを海側へ
65mほど入ると右手に所在する、長らく料理長を務めた先代(3代目)館
主が毎朝大分市中央卸売市場で仕入れる豊後水道の新鮮な海の幸を自慢
にしている、かつては竹瓦温泉界隈の代表的な湯宿であったという1915
(大正4)年創業の老舗旅館です。

1977年に現在地に移転し、1985年に建てられた箱形の建物は、鉄筋コン
クリート造りの5階建てで、客室は全9室を数えます。
浴室は石板張りで、正面と左面がガラス
窓となっているものの、塀に遮られてい
るため、採光には恵まれていません。
左奥に設えられた石造り
の湯口からドボドボと注
がれ、湯船に満たされた
緑灰色半透明の適温湯か
らは、弱い土類臭ととも
に口に含むと微弱な鉱物
臭が感じられ、肌も少し
つるりとしました。

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