住 所   大分県別府市中島町22
  電 話   
 営業時間   6:00~22:00
 入浴料   100円
温泉利用状況   完全放流式
   
 源 泉 名   
  泉 質   
 湧出量       ℓ/min
 泉 温        ℃
 pH   
 成分総計         g/㎏
    
  
  
  

  
  
 入浴履歴   初訪11.12.23
 評 価   ★★★★★★
 別府温泉
白 湯 温 泉
                          べっぷおんせん しらゆおんせん
肌がつるきしする無色透明の適温湯は、無味で成分臭がほんのり感じら
れる程度ですが、浴感はとても柔らかく、真冬の朝で冷えた身体がとて
も温まり、心地良い湯浴みを楽しむことができました。

実はこの訪問の際、浴場に携帯時計を置き忘れるという失態を起こし、
気が付かれたご主人に届けていただいたという出来事があり、温泉のみ
ならず忘れることのできない思い出が残った浴場です。 〔13.01.12〕
浴場は家庭用のお風呂を想わせる小
ぢんまりした造りで、板塀で目隠し
された簀子敷きの通路正面の壁に縦
長の8庫の脱衣箱が埋め込まれ、そ
のまま右側がタイル張りの浴室とな
っています。

浴室の右奥には1.45×1.2m弱ほど
の小さなコンクリート湯船が配され、
左奥の白い析出物がこってりと付着
した源泉カランから、熱めの源泉が
勢いよく掛け流されていました。
右隣の民家と繋がった越屋根の湯気
抜きを載せた切妻造り平屋建ての浴
舎は、前を遮るものが何もないため
に結構目に付きますが、周りの景観
と自然に溶け込んでいたことから最
初はまったく気が付かず、辺りをぐ
るぐると探し回ってしまいました。

路地を入っていくと、ご主人がニコ
ニコして出てこられ、入浴をお願い
したところ、快く応じてくださいま
した。
別府温泉は、JR日豊本線別府駅周辺の繁華街に所在する八湯の中心
となる温泉地で、別府湾に面した北浜地区には大型のホテル・旅館が
建ち並んでいます。

8世紀の初めに編まれた『伊予国風土記』に「速見の湯」として登場
し、鎌倉時代には、御家人であった大友頼康(1222~1300)によって温
泉奉行が置かれ、元寇の戦傷者が保養に訪れたと伝えられています。
また、江戸時代後期の1817(文化14)年に書かれた温泉番付『諸国温泉
効能鑑』では、西の前頭六枚目に位置付けられています。
明治時代に入り、流川の河口に旧別府港が完成(1871年)し、日豊本線
が延伸開業(1911年)すると大きく発展を遂げ、“山は富士、海は瀬戸
内、湯は別府”というキャッチフレーズを考案した油屋熊八の尽力も
あって、全国的に有名な観光・温泉地となりました。
別府温泉郷は、伽藍岳(硫黄山・1045.3m)と鶴見岳(1374.5m)という2つの活火山の東麓に湧く、わが国を
代表する温泉地です。

温泉郷内には、“別府八湯”と総称される別府・亀川・柴石・鉄輪・明礬・堀田・観海寺・浜脇という個性
豊かな8か所の温泉地が点在し、掲示用新泉質名として大別される10の泉質のうち、7種類の湯を楽しむこと
ができます。
泉源の数は別府市内で2292孔、湧出量は毎分87636ℓ(『平成29年度 東部保健所報』より)を数え、“泉都”
の名に相応しい日本一の豊富な湯量を誇っています。
『白湯温泉』は、亀の井バスの総合体育館入口バス停で降車し、県道別府庄内線(52号)からみよし屋本店の
駐車場右手の細い路地を入った先、駐車場裏手の民家の敷地内に所在している共同浴場です。

かつては県道を挟んだべっぷアリーナ西側の青山町公民館のあたりに位置していたそうですが、戦時中に移
転となった際、北西方向に直線距離で45mほど離れた同町23番地に所在する同名の温泉とともに創設され、
県道から公園南通りを少し入った右側にあるその浴場に対し、“白湯温泉(県道側)”などと区別されていま
す。

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「白湯温泉」という木の表札が右
側に掛かる狭い通路を入っていく
と、手前の左手に男湯入口のサッ
シ戸、突き当たりに女湯入口のサ
ッシ扉があり、利用客は女湯の扉
の左手前に備えられた竹製の料金
受けに入浴料を納めるようになっ
ていました。