住 所   岐阜県下呂市幸田
  電 話   0576-24-1000 (下呂温泉観光協会)
 営業時間   24時間 (清掃時間除く)
 入浴料   無料
温泉利用状況   完全放流式
   
 源 泉 名   下呂温泉集中管理源泉 混合泉(幸田ポンプ所)
  泉 質   単純温泉(アルカリ性)
 湧出量   2300 ℓ/min
 泉 温   55.0  ℃
 pH   9.1.
 成分総計   0.349 g/㎏
    Na=109.5/K=1.0/Ca=1.9(112.4㎎/㎏)
  F=15.6/Cl=75.6/SO4=10.7/HCO3=31.7/CO3=33.9/
  HS=0.2(167.7㎎/㎏)
  HAsO2=0.1/H2Si03=62.1/HBO2=5.4(67.6㎎/㎏)
  H2S=1.3(1.3㎎/㎏)  
  
       〔2004.11.05〕
 入浴履歴   初訪08.09.06
 評 価   ★★★★
 下呂温泉
噴 泉 池
                           げろおんせん ふんせんち
『噴泉池』は、飛騨川に架かる下呂大橋(いで湯大橋)の北西にある、こ
の温泉地のシンボルにもなっている無料の混浴露天風呂です。
車で訪れた場合、橋を渡って右に折れ、200mほど先にある幸の湯とい
う旅館の手前を右に入っていくと、下呂温泉病院の横に設置された駐車
場に辿り着きます。

湯船は右岸側の河原に設けられていますが、周囲はきちんと敷石がなさ
れ、一段高くなったすぐ横の河川敷も遊歩道がきちんと整備されている
など、市民の憩いの場ともなっています。
入浴は清掃時間以外は24時間可能となっており、早朝6時に訪れたとこ
ろ、すでに地元の常連客数名が湯浴みを楽しんでおられました。
下呂温泉は、岐阜県中部の下呂市を流れる飛騨川(益田川)河畔に湧く、大型ホテルから民宿まで50数軒の宿
泊施設が建ち並ぶ、東海地方を代表する温泉地です。

温泉の発見は平安時代中期。
延喜年間(901~923)または天暦年間(947~957)に、4㎞ほど東にある湯ヶ峰(1067m)の頂上付近で温泉が湧き
出しているのが確認されました。

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1974年から源泉を集中管理しているという下呂温泉。
“掛け流し”と銘打っていても、塩素系薬剤が使用されていたりして、
手付かずの源泉に浸かることができる施設は数えるほどだそうです。
噴泉池は、その数少ない浴場の一つ。名泉の名に恥じない実力を体感す
ることができ、とても満足いたしました。

なお、2年前に初めて入湯した時には、脱衣所や目隠しなどは一切なく、
橋の上から丸見えのこの手の浴場としてはトップクラスの開放感でした
が、2009年の夏には周囲が葦簀によって目隠しされ、2010年2月からは
男女とも水着着用が義務化されたとのことです。
         〔10.10.15,16.05.29 画像一部差替え・記事補訂〕
川の流れと平行に置かれた石組みの湯船は瓢箪形を呈し、児
童公園の水飲み場のような湯口が、向かって左端の手前に設
けられています。
訪れた時には一連となっていましたが、湯船は瓢箪の括れ部
分で2槽に仕切れるようになっており、冬期などはそのよう
にして湯温の変化を付けているのでしょう。

やや熱めの無色透明の湯からは重曹臭が香り、湯口では弱め
ながらも茹で玉子のような芳ばしい硫黄臭味と薄塩味が感じ
られます。
特に印象に残ったのは肌触り。塵のような白い湯の華が多量
に舞う湯はとろみがあり、かなり強いつるつるも感じられま
した。
その後、鎌倉時代の1265(文永2)年に地震の影響により源泉の湧出が
突然停止していましたが、その翌年、傷付いた脚を癒していた1羽の
白鷺がきっかけとなって、飛騨川の河原で再発見されました。
飛び立った白鷺が止まった中根山中腹の松の木の下には、光り輝く薬
師如来像が鎮座していたため、白鷺に姿を変えた薬師如来が温泉を教
えてくれたと評判になったそうです。

1489(延徳元)年には、京都相国寺の禅僧で歌人の万里集九が、詩文集
『梅花無人蔵』の中で「本邦六十余州ごとに霊湯あり。その最たるも
のは、上州の草津、摂津の有馬、飛州の湯島、この三か所なり」とそ
の名泉ぶりを讃え、江戸時代前期には、儒学者の林羅山が『林羅山詩
集巻三 西南行目録』の中で同様の内容を記して、“日本三名泉”の
一つに数えられるようになりました。