住 所   鳥取県鳥取市気高町浜村
  電 話   
 営業時間   2014.12 外来入浴停止
 入浴料   200円
温泉利用状況   ?
   
 源 泉 名   浜村温泉 集中管理配湯所
  泉 質   カルシウム・ナトリウム-硫酸塩・炭酸水素塩泉
 湧出量       ℓ/min
 泉 温   52.8 ℃
 pH   7.9
 成分総計   1.076 g/㎏
    Na=250.1/K=6.9/Ca=84.3/Mg=1.3/Fe2=0.1/
  Mn=0.1(342.8㎎/㎏)
  F=4.9/Br=0.6/Cl=225.1/SO4=373.1/
  HCO3=56.7(660.4㎎/㎏)
  HAs02=0.3/H2Si03=65.4/HBO2=6.5(72.2㎎/㎏)
  C02=1.3(1.3㎎/㎏)
           〔2004.04.23〕
 入浴履歴   初訪07.10.07
 評 価   ★★★★
 浜村温泉
温泉共同浴場
                はまむらおんせん おんせんきょうどうよくじょう
浴室はタイル張りで、右手にカランを置き、左奥に台形を呈
したタイル張り湯船を配しただけの、実に共同浴場らしい簡
素な造りです。
湯船には、湯の華濾しの布が被せられた塩ビパイプの湯口と
浴槽側面の注入口から、滔々と湯が注がれていました。
温泉の利用に関しては情報誌によって違いが見られ、実際、
湯船の縁から溢れ出しているのと同時に、底面の吸込口から
も排水が行われています。

浴槽内排水でないとすれば循環されている可能性もあるもの
の、無色透明の清澄な湯からは塩素臭は感知されず、代わっ
て繊細で芳ばしい硫酸塩泉特有の薬臭を感じることができま
した。
泉温が50℃を超す高温泉のために浴槽内でも熱めですが、吉
岡温泉と同様に浴感はさっぱりしており、浴後は爽快感さえ
覚えました。
『温泉共同浴場』は、浜村駅から線路伝いに東へ200mほど行ったところに所在する共同浴場で、すぐ東隣
には、巨大な招き猫が描かれた集中管理の配湯所タンクが設置されています。

屋根の下に青字で「温泉共同浴場」と書かれたコンクリート造りの建物は、所々薄肌色の外壁が剥がれてお
り、老朽化は否めません。
その頃の様子は、小泉八雲(1850~1904)が1894(明治27)年に著した随
想『知られざる日本の面影』に“浜村という小さい美しい村”と表現
されていますが、その後、1907年の山陰本線開通を機に発展していき
ました。

また、浜村温泉は、1952年に朝日放送全国民謡大会で第1位となった
“貝殻節”という民謡でも知られています。
重労働であった帆立貝(板谷貝)漁の苦労を紛らわすために歌った作業
歌で、その一節は次のようなものです。

  何の因果で貝殻漕ぎなろうた  カワイヤノー カワイヤノ
  色は黒うなる 身は痩せる   ヤサホーエヤ ホーエヤエー
  ヨイヤサノ サッサ  ヤンサノエー  ヨイヤサノ サッサ
浜村温泉は、山陰海岸に沿うように東西に延びる国道9号の浜村交差点から県道郡家鹿野気高線(32号)で南
へ1㎞余り、JR山陰本線の浜村駅周辺に湧く温泉です。

500年余りの歴史を有すると紹介され、鹿野城主 亀井茲矩(1557~1612)の家臣 宍戸豊後が白鷺を射たとこ
ろ、傷付いた鷺が沢の畔に止まって動かないのを見て温泉を発見した、あるいは、傷付いた鷺が傷を癒して
飛び去ったのを見て農民が温泉を発見したという伝えから、“鷺の湯”とも呼ばれています。
ただし、厳密にはこれは、1501(文亀元)年の開湯とされ、江戸時代に岩井温泉・吉岡温泉とともに“因幡三
湯”として隆盛を誇った駅南側の勝見温泉のことで、狭義の浜村温泉は、1884(明治17)年に2年前に建設さ
れた米子新道(旧国道)沿いで製紙用の井戸を掘削している際に湧出した、比較的歴史の浅い温泉です。

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傷みが目に付いた外観に反し、内部は脱衣所・浴室とも清掃が行き届いて綺麗に使われており、とても気持
ち良く利用させていただきました。

周囲に4か所あった共同浴場も1軒は廃業し、新泉の湯は1999年4月から、勝見温泉の姫石温泉は2008年から
ジモ泉化され、外来入浴できるのはこの浴場だけとなりました。
この浴場だけは…と心から願わずにはいられません。                    〔10.07.28〕
線路に面したこの文字が見える側は
実は裏手で、入浴するためには反対
側へ回る必要があります。

男女別となった扉を開けると中には
番台があり、湯番の男性に入浴料を
支払います。
脱衣所は結構ゆったりとしており、
奥の壁に沿って扉に黄色透明のアク
リル板を嵌めた木製ロッカーが21庫
備えられていました。