住 所   大分県別府市松原町3-4
  電 話   
 営業時間   6:30~12:00 / 15:00~23:00
 入浴料   100円
温泉利用状況   完全放流式
   
 源 泉 名   
  泉 質   (重炭酸土類泉)
 湧出量       ℓ/min
 泉 温       ℃
 pH   
 成分総計       g/㎏
 





 入浴履歴   初訪06.08.24,最終10.12.17(2回目)
 評 価   ★★★★
 浜脇温泉
松 原 温 泉
                       はまわきおんせん まつばらおんせん
別府温泉郷は、伽藍岳(硫黄山・1045.3m)と鶴見岳(1374.5m)という2つの活火山の東麓に湧く、わが国を
代表する温泉地です。

温泉郷内には、“別府八湯”と総称される別府・亀川・柴石・鉄輪・明礬・堀田・観海寺・浜脇という個性
豊かな8か所の温泉地が点在し、掲示用新泉質名として大別される10の泉質のうち、7種類の湯を楽しむこと
ができます。
泉源の数は別府市内で2288孔、湧出量は毎分87550ℓ(『平成30年度 東部保健所報』より)を数え、“泉都”
の名に相応しい日本一の豊富な湯量を誇っています。
そのため上がり湯はもちろんのこと、下湯も湯温が結構高く、
真夏に初めて訪れた時は、水カランで時折水を浴びながらの
湯浴みとなりました。
うっすらと黄緑色掛かって見える透明の独自源泉からは、仄
かに成分臭が香り、肌が少しつるっとする程度ですが、湯量
豊富な掛け流しということもあって鮮度は抜群。
浸かり心地の良さと浴場全体の鄙びた雰囲気に、とても好感
しました。

なお、掲載した浴場内の写真はいずれも2006年の初訪時に撮
影したものですが、4年経って再訪した時には、女湯との仕
切り壁は板壁に変わり、脱衣箱や浴室の床・壁、浴槽内のタ
イルは淡いコバルトグリーンに塗り直されるなど、美しく一
新されていました。             〔11.03.21〕
浴場は簀子敷きの脱衣所と浴室が並列する、別府八湯の共同浴場で
は通有の一体型の造り。
脱衣所には右壁沿いに33庫の脱衣箱がずらっと並び、その上のガラ
ス窓から射し込む陽の光によって、採光は十分保たれています。

脱衣所から小一段下がった浴室はタイル張りで、中央やや奥寄りに
仕切りによって真ん中で二分された長径3.0m、短径1.85mほどの
オーバル形の湯船が配されています。
左奥から延びるパイプから左側の上がり湯槽に高温の源泉がなみな
みと注がれ、仕切り越しと中央の底に施された開口を通じて右の浴
槽へ流れ込み、右端の縁に切られた湯尻からドバドバと溢れ出して
いました。

浜の至る所で温泉が湧き出ることから“浜湧き”と呼ばれ、鎌倉時代
中期には、文永の役に備えて下向した御家人の大友頼康が温泉奉行を
設置し、朝見川や永石川・流川沿いに湧出する温泉の整備を行いまし
た。
江戸時代には、1196(建久7)年に大友氏初代当主能直によって創建さ
れた八幡朝見神社門前の温泉町として発展し、1817(文化14)年に書か
れた温泉番付『諸国温泉効能鑑』では、別府温泉より上位の西の前頭
三枚目に位置付けられています。

近代以降も、1871(明治4)年の旧別府港の開港、1911年の豊州線浜脇
駅(現 JR日豊本線東別府駅)の開設を機に一大歓楽街として栄えま
したが、1920年ごろから湧出量が減少し、さらに1958年の売春防止法
の施行も加わって、急速に衰退しました。
浜脇温泉は、別府温泉の南に位置する「別府温泉発祥の地」とされる温泉地で、朝見川の河口付近を中心
に、おおよそ永石通りから南側の一帯をその範囲としています。

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『松原温泉』は、国道10号から永石通りを90mほど西進すると左手に所
在する市有区営の共同浴場です。
1897(明治30)年、源左エ門川の川べりで発見された温泉に小屋掛けした
“源左エ門尻温泉”という浴場を嚆矢とし、その後数度の改築を経る中
で“松寿泉”と改称されました。
現在はコンクリート造り2階建て建物の1階が浴場となっており、2階は
松原1区公民館として利用されています。

3体のお地蔵さんの前を通って中に入ると、正面に番台。
管理人のおばさんに入浴料を支払い、左右に延びる狭い通路を右に進ん
で浴場へ向かいます。