住 所   岐阜県高山市奥飛騨温泉郷平湯119-1
  電 話   0578-89-2629
 営業時間   
 入浴料   
温泉利用状況   完全放流式 (加水あり)
   
 源 泉 名   富貴の湯
  泉 質   ナトリウム・カルシウム-炭酸水素塩・塩化物泉
 湧出量   370   ℓ/min
 泉 温   70.1  ℃
 pH   6.7
 成分総計   1.204  g/㎏
    Na=183.5/K=22.3/Ca=57.1/Mg=14.3/Fe2=1.8/Mn=0.9
  (279.9㎎/㎏)
  F=0.8/Cl=204.6/SO4=25.7/HCO3=389.8/HS=0.3
  (621.2㎎/㎏)
  H2SiO3=128.0/HBO2=20.1(148.1㎎/㎏)
  CO2=154.2/H2S=0.9(155.1㎎/㎏)
    
〔2008.12.18〕
 入浴履歴   初訪12.07.28 泊
 評 価   ★★★★
 平湯温泉
山 荘 湯 乃 里
                           ひらゆおんせん さんそう ゆのさと
白い綿埃のような湯の華が少量舞ううっすらと褐色掛かった湯は、湯
面から金気臭がしっかり香り、口に含むと弱い玉子臭味と少鉄錆味が
感じられ、肌がキシキシするなど、山がの湯よりも個性を感じること
ができました。


女将さんの気さくなもてなしに加え、館内や浴場は綺麗に清掃され、
1階の広間でいただいた食事もとても美味しく、まずまず満足のいく
夏旅となりました。                〔13.04.25〕
両湯船に掛け流されてい
るのは、以前立寄り入浴
したことのある「穂高荘
山がの湯」でも利用され
ていた富貴の湯。

泉温が70℃を超える高温
泉のため、加水によって
内湯では適温、露天では
やや熱めに湯温調整が行
われています。
一方、露天には2/3ほど屋根掛けされた奥行き4.8mほどの岩
風呂が設えられ、パイプから引かれた源泉が滝のように滑り
落ちて湯船に注がれていました。
左手のガラス戸を出
ると、左が内湯、正
面が露天の入口とな
っており、右側には
サウナが併設されて
います。

内湯は飛騨地方らし
い総檜造りで、左に
4、正面に3基のシャ
ワーカランが並び、
右奥には4.3×1.85
mほどの檜風呂が配
されていました。
浴場はロビーから左側の廊下を奥に
進んだ突き当たりにあり、右側が男
女別の浴場、左が家族湯となってい
ます。

男湯と白く染め抜かれた薄緋色の暖
簾を潜り、格子戸を抜けた先にある
脱衣所には、正面にそれぞれ籠を納
めた12庫の脱衣箱が設えられ、左手
前にはボウル2基の洗面カウンター
が備えられていました。
チェックイン開始の午後3時より
少し早目に到着すると、館内はひ
っそり。
奥飛騨でも平年を上回る暑さが続
き、玄関ロビーの正面右寄りにあ
る帳場におられた女将さんは、夏
バテ気味で一休みされていたよう
です。
ご案内いただいたのは3階の303号
室(10畳)で、階段を上って左奥の
右手に位置していました(1泊2食
9450円+入湯税)。
『山荘 湯乃里』は、平湯I.C口から
国道158号で北北東へおよそ850m、
平湯神社のすぐ上手に所在する温泉
旅館です。
平年より4日早い梅雨明けから続く
猛暑から逃れようと、夏の家族旅行
で宿泊利用させていただきました。

温泉街の中心から外れた閑静な場所
に立地する外観に新しさを留めた建
物は3階建てで、すべて和室という
客室は全12室を数えます。
奥飛騨温泉郷と総称される5湯(他に新平湯・福地・栃尾・新穂高の各温
泉)の中では最も歴史が古く、徳川吉宗の命で飛騨国代官の長谷川忠崇
が編纂を始め、1829(文政12)年に江戸幕府に献納された『飛州志』に
は、「平湯温泉記」として、永禄年間(1558~1570)にこの地に進軍した
山県昌景率いる武田信玄軍が、年老いた白猿に導かれて霊泉を発見し、
硫黄岳の毒ガスと峠越えによって疲弊していた軍勢もこの湯に浸かって
元気を取り戻したという開湯伝説が残されています。

江戸時代には、北陸の諸大名によって参勤交代の折の宿場として利用さ
れ、1964年6月には国民保養温泉地に指定されています。
平湯温泉は、1997年に開通した安房トンネルの岐阜県側の玄関口、標高1280mほどの乗鞍岳北麓の高所に20
数軒の宿泊施設が建ち並ぶ温泉地で、約40の泉源から毎分13000ℓの湯が湧出しています。

トップページへ



岐阜県の温泉へ



家族湯