住 所   島根県安来市広瀬町富田2656
  電 話   0854-32-2271
 営業時間   立寄り 10:00~20:00 (休=火,祝は翌日休)
 入浴料   410円
温泉利用状況   完全放流式 (加温あり)
   
 源 泉 名   広瀬温泉
  泉 質   含放射能-ナトリウム・カルシウム-硫酸塩・塩化
  物泉
 湧出量       ℓ/min
 泉 温   44.0 ℃
 pH   
ラ ド ン  4.09  M・E/㎏
 成分総計   1.3107 g/㎏
    Li=0.3/Sr=1.9/Na=329/K=3.7/Ca=79.9/Mg=4.1
  (418.9㎎/㎏)
  F=6.2/Br=0.5/Cl=221/SO4=525/HCO3=94.9
  (847.6㎎/㎏)
  HAsO2=0.3/H2Si03=5.3/HBO2=35.7(41.3㎎/㎏)
  C02=2.9(2.9㎎/㎏)         
  
〔2003.06.25〕
 入浴履歴   初訪08.11.03
 評 価   ★★★★
 広瀬温泉
月山山麓自然休養村 富田山荘
  ひろせおんせん がっさんさんろくしぜんきゅうようむら とださんそう
広瀬温泉は、松江市街から南東へ23㎞足らず、歴代の出雲国守護職の居城であった月山富田城が築かれた月
山(197m)の山麓に湧く温泉です。

1934年に国の史跡にも指定されている富田城は、平安時代末期の保元・平治の頃に藤原景清によって築かれ
たと伝えられ、鎌倉時代になると、承久の乱(1221年)の武功により出雲・隠岐2国の守護となった佐々木義
清が入城。
以後、城主は富田・(吉田)・山名・(塩治)・京極と移り変わり、戦国時代には、山陰・山陽の8か国を治め
た大大名・尼子氏の本拠地となりました。
自然地形を利用した難攻不落の要塞として“天空の城”と称されましたが、1566(永禄9)年には、毛利氏の
包囲を受けて尼子義久が開城。以来、安土桃山時代を通じて毛利氏の支配下に置かれました。
関ヶ原の戦いの後は堀尾氏の居城となり、1611(慶長16)年、堀尾忠晴が松江城へ移ったことにより廃城とな
りました。

各湯船に掛け流されているのは憩いの家と同一源泉ですが、月山山麓の泉源よ
り1.2㎞も引湯され、加温のうえで供されているためか、緑灰色半透明の湯は
若干薄く感じられ、湯の香も芒硝臭のみで他の匂いは抜け落ちていました。

このように、湯の鮮度では憩いの家に一歩譲るものの、それを補って余りある
のが露天からの眺望。
奥の湯船からは遮るものは一切なく、眼下には飯梨川とその対岸にかつて城下
町であった広瀬の集落を望むことができ、戦国時代の尼子の殿様の気分に一瞬
浸ることができました。


ただ一つ残念だったのが、湯船の底に鉄分が沈着した毛髪などが多く沈殿して
いたこと。
湯船が大きくて大変なのは分かりますが、もう少し清掃を徹底していただきた
いと思いました。                       〔10.12.02〕
一方、洗い場の右手から
出入りする露天には、大
小の岩を周囲に並べた15
×2.5mほどの長大な湯
船が設けられ、礫を積み
上げた中仕切りによって
2槽に分けられています。

湯口は手前側にあって仕
切り越しに奥へ注がれる
ようになっており、奥の
湯船は湯温がかなりぬる
くなっていました。
浴場は内湯と屋根付きの露天からなり、内湯には手前に洗い場、その奥
に小さな石灯篭を傍らに添えて和風に設えられた方形のタイル張り湯船
が配されています。
『月山山麓自然休養村 富田山荘』は、日帰り入浴施設の「憩いの家」
から約1㎞、月山に対峙するようにその南側の丘の上に所在する1978年4
月に創業した公営の宿泊施設で、現在は夢ランドしらさぎ振興事業団と
いう一般財団法人が運営しています。

富田城をイメージしたのか、建物は一部天守閣を模した白壁の鉄筋鉄骨
コンクリート造りの2階建て。
館内に入って右へ進むと受付があり、ここで立寄り入浴を申し出て、食
事処の手前を右に折れた先にある浴場へ向かいます。
脱衣所は前面の曇りガラス窓から柔らかい陽が射し込んで明るく、右側
には縦長の鍵付きスチールロッカー24庫が並んでいました。

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