住 所   鹿児島県指宿市大牟礼3-16-2
  電 話   0993-23-3713
 営業時間   8:00~22:00 (休=11日)
 入浴料   300円
温泉利用状況   完全放流式
   
 源 泉 名   
  泉 質   ナトリウム-塩化物泉
 湧出量       ℓ/min
 泉 温       ℃
 pH   
 成分総計        g/㎏
    
  
  
  
  
  

 入浴履歴   初訪14.07.17
 評 価   ★★★★★★★
 指宿温泉
村 之 湯 温 泉
                        いぶすきおんせん むらのゆおんせん
浴舎自体は建て直しが行われ、内部も各所に手が加えられているものの、
開湯以来使い続けられているという湯船や温泉成分によって変色した床
などから醸し出される浴場の渋い佇まいは言葉では言い表されないほど
素晴らしく、ぜひとも再訪の機会を持ち、130年以上の歴史を刻んでき
たこの鄙びた空間にじっくりと身を委ねてみたいと思います。
                           〔15.05.26〕
浴室は脱衣所から2段下りた位置にあり、中央には四隅を欠き、底に簀
子のように板材を敷き並べた1.95×1.45mほどの石造りの湯船が前後に
配されていました。
浴舎には奥の妻側中央にサッシ戸の
入口が左右に並んでおり、男湯は右
側。

小屋組みが剥き出しとなった浴場は
奥に長い脱衣所・浴室一体型で、コ
ンクリート打ちっ放しの脱衣所には、
右手前から右壁に1段9庫の脱衣箱が
鉤形に設えられ、その前には木製の
腰掛けが備えられています。
敷地内には、手前右に切妻屋根を
若緑色の瓦で葺いた木造平屋建て
の浴舎、その奥に2階建ての母屋
が建っており、入浴に際しては母
屋で入浴料を支払うようになって
いますが、窓ガラスは閉められ、
ご不在のご様子。

初訪問でどうして良いのか分から
ずに途方に暮れていると、程なく
して奥さんが帰ってこられ、事な
きを得ました。
指宿温泉は、薩摩半島の南東端、錦江湾(鹿児島湾)に面した約5㎞の海岸沿いに30軒ほどの宿泊施設と公衆浴
場・日帰り入浴施設が点在する、未利用も含めて800本超の源泉を有する“砂むし温泉”で有名な南国の雰囲
気漂う温泉地です。

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先代からの拘りで加水を
行わず、地下3mから湧
出する源泉に裏庭の源泉
槽で自然冷却させた別源
泉を側面の木栓で量を加
減しながら加え、湯温を
調整。

淡黄色の湯の華が舞う無
色透明の湯は、手前の湯
船は少し熱め、奥はぬる
め寄りの適温で、弱い金
気臭味と薄塩味が感じら
れ、肌がしっとりしまし
た。
『村之湯温泉』は、指宿駅前から県道指宿停車場線(240号)を経由し
て北北西方向へ向かい、530m先の指宿商工会議所前交差点を右に折
れ、350m余り北東進すると左手に所在する、地元では“むらんゆ”
と呼ばれている指宿最古という民営の共同浴場です。

1863(文久3)年、露天掘りの自然湧出泉を村の共同浴場としたのを嚆
矢とし、1874(明治7)年には西郷隆盛が江藤新平とともに立ち寄った
と伝えられている温泉で、1881(明治14)年に植村という医師によって
浴場が創設され、1942年に故 堀之内栄吉氏が譲り受けました(創業年
は、村之湯温泉Facebook・若女将ブログより)。
戦前には田良浜海軍航空隊の指定温泉とされ、太平洋戦争末期の1945
年には、特攻隊員がこの浴場で身体を清めた後に出撃したという話が
残されています。
市内十町南迫田の光明禅寺に安置されている1543(天文12)年に建立さ
れた方柱板碑の「薩州湯豊宿郡」という刻銘から、戦国時代にはすで
に温泉に恵まれた土地であったことが窺われ、第10代薩摩藩主 島津
斉興の命によって1843(天保14)年に纏められた『三国名勝図会』とい
う地誌には、摺之浜温泉(現 摺ヶ浜温泉)では海岸で湧く温泉を砂蒸
しとして利用し、2代藩主 島津光久がこの地に行館(別邸)を設けたこ
とが記載され、摺之浜温泉・弥次ヶ湯・二月田温泉とともに港の湯・
大牟礼湯・三節湯・間水湯・柴立湯の各浴場が紹介されています。

なお、狭義の指宿温泉は、JR指宿枕崎線指宿駅から南東に位置し、
大規模な宿泊施設が集まる摺ヶ浜温泉を指しますが、現在では、河原
湯・二月田・潟山・弥次ヶ湯・湯之里・村之湯・摺ヶ浜等の各温泉か
ら構成される温泉群の総称として用いられています。