住 所   群馬県渋川市伊香保町伊香保67
  電 話   0279-72-3121
 営業時間   
 入浴料   
温泉利用状況   完全放流式 (加温あり)
   
 源 泉 名   総合湯(混合泉)
  泉 質   カルシウム・ナトリウム-硫酸塩・炭酸水素塩・
  塩化物泉
 湧出量   4627   ℓ/min
 泉 温   41.2  ℃
 pH   6.4
 成分総計   1.36 g/㎏
    Na=101.0/K=8.7/Ca=139.0/Mg=32.2/Al=<0.05/
  Fe2=7.23/Mn=1.39(290㎎/㎏)
  F=<0.1/Cl=146.0/SO4=284.0/HCO3=275.0/CO3=<0.1
  (705㎎/㎏)
  H2SiO3=181.0/HBO2=8.3(189㎎/㎏)
  CO2=172.0(172㎎/㎏)
           
〔2017.05.30〕
 入浴履歴   初訪14.03.21 泊
 評 価   ★★★★
 伊香保温泉
石 坂 旅 館
                            いかほおんせん いしざかりょかん
明治時代以降には、夏目漱石・徳富蘆花・田山花袋・島崎藤村・
与謝野晶子・竹久夢二・若山牧水・萩原朔太郎・芥川龍之介など
多くの文人に愛されるようになり、中でも徳富蘆花は、生涯で10
回夫妻で訪れ、1899(明治32)年に発表された代表作『不如帰』を
当地で執筆したほか、身体を患った晩年にも養生のために身を寄
せ、この地で生涯を閉じました。
また、与謝野晶子は1915(大正4)年に「伊香保の詩」を発表し、
その詩は石段に刻まれています。

現在は、石段街とその北東にかけて50軒足らずの宿泊施設と外湯
2か所、飲食店や土産店・観光娯楽施設が集まる温泉街が形成さ
れ、石段の下を流下し、小間口権者組合によって集中管理されて
いる“黄金の湯”のほか、湯量不足解消のために1996年に新たに
掘削された“白銀の湯”の2種類の源泉を楽しむことができます。
独特のこの分湯方法は、大堰から引湯する湯口の名称から「小間
口制度」と呼称され、温泉を利用する権利である小間口権は代々
“大家”と呼ばれる土豪たちに引き継がれていきましたが、1639
(寛永16)年に安中領主の井伊兵部少輔が「樋口并切こ満寸法」とい
う規定を定めた頃には、大家の数は14軒となっていました。
うち12軒の大家には干支が家紋のように付与され、現在、その大
家が所在した場所の石段に各々の干支が印されています。
なお、御影石の石段は、1980年から5年をかけて行われた天正以
来の大改修で新設された分を加えて365段を数えますが、これに
は温泉街が1年365日賑わうようにとの願いが込められています。

江戸時代に入ると、三国街道の裏往還である伊香保街道の開削を
機に湯治客以外の利用も増加し、特に後期には榛名神社を信仰す
る榛名講の広がりにより、全国からの参拝者が立ち寄るようにな
りました。
伊香保温泉は、関越自動車道の渋川伊香保I.Cから国道17号と県道渋川東吾妻線(35号)・渋川松井田線(33号)
を経由して西北西方向へ約11㎞、標高およそ700mの榛名山の中腹に立地し、草津温泉・四万温泉と並んで
“上州三名湯”と称されてきた群馬県を代表する名湯です。


地名としては現存する最古の和歌集である『万葉集』の東歌の中に散見され、開湯を巡っては、第11代の垂
仁天皇の御代、あるいは、天平年間(729~749)の行基による発見との諸説が伝えられていますが、室町(南
北朝)時代の1358(延文3=正平13)年前後に編纂されたという『神道集』の第7巻「上野第三宮伊香保大明神
事」には、701(大宝元)年、水澤寺の別当であった恵美僧正が夢のお告げによって石楼山の北麓で源泉を発
見したことが記載されており、少なくともこの時代には温泉の存在が知られていたようです。

当初は伊香保神社から450mほど上った湯元付近で土着の千明氏が支配する小さな温泉場でしたが、1576(天
正4)年、前年の長篠の戦いで負傷した将兵の療養に供するため、当地を治めていた真田昌幸を介して武田勝
頼から命を受けた小暮・千明・岸・大島・島田・望月・後閑の7氏の郷士が、神社の下の傾斜地を階段状に
造成して短冊状に区画・整備した石段街を造り、泉源から引いた源泉を石段中央に通した大堰という木製導
管から左右に配した湯屋に分湯するという、わが国初の都市計画に基づく温泉街を完成させました。
黄金の湯を掛け流しで利用しているという情報を得て、宿泊先として
選択。

泉源至近の伊香保露天風呂や加温なしの源泉を楽しむことができる石
段街上方に位置する各浴場と比べると、鮮度や浴感的に多少物足りな
さが残りましたが、炬燵に入りながらいただいた部屋出しの食事も適
量で美味しく、お値打ち感のある湯宿でした。     〔15.01.14〕
湯船に満たされて
いるのは、透明度
50㎝ほどのオリー
ブ色に濁った黄金
の湯。
低温期のみ加温さ
れているという適
温の湯は、湯口で
は弱金気臭ととも
に微炭酸味も感知
できるものの、湯
船では土類臭がか
ろうじて感じられ
る程度で、肌がき
しきししました。
透明ガラス扉から出入りする浴室
は石板張りで、タイル仕上げの壁
には窓が一切設けられていないた
め、いささか閉塞感があります。

手前には右に3、左に2基のシャワ
ーカランが並び、奥には手前側中
央が内折した幅3.25mほどのタイ
ル張り湯船が配され、その右横に
は石庭風の拵えが設えられていま
した。
男女別の大浴場は、玄関から見て
ロビーの左端に設置されているエ
レベーターのすぐ左横にあり、臙
脂色のゆ暖簾を潜ると、正面左手
が女、右奥が男湯に分かれていま
す。
利用させていただいたのは、エレベ
ーターを3階で降りて右へ進むと左
側手前に位置する303号室。

10畳間の奥に内縁が付いたゆったり
した部屋で、縁側からはうっすらと
雪を被る子持山や小野子山、さらに
その背後に上越国境の峰々を眺望す
ることができ、快適に過ごさせてい
ただきました(1泊2食 10000円+入
湯税)。

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浴室との間を大きな磨りガラスで画
されている脱衣所は籐タイル張りで、
正面左寄りに洗面ボウル3基のパウ
ダーコーナーが設置され、その向か
いには金属製の7段棚に20個のプラ
スチック籠が備えられていました。
旅館の前には5~6台分の駐車場が
確保されていますが、そこへ至る
路地の入口が大変狭かったため、
北東へ450mほど離れた専用駐車
場に車を停め、送迎車に迎えに来
ていただきました。

お彼岸にもかかわらず雪が舞い散
る中、二重の自動ドアとなった玄
関を入ると、ストーブが焚かれた
ロビーの正面にフロントがあり、
チェックインをお願いします。
『石坂旅館』は、石段を166段上り、
踊り場の左手に建つ市川旅館と村松
旅館の間の狭い路地を50mほど入る
と右手に所在する1954年創業の温泉
旅館で、初めて伊香保温泉を訪れた
際に宿泊利用しました。

いささか年季の入った建物は鉄筋コ
ンクリート造りの6階建てで、客室
は全33室を数えます。