住 所   群馬県渋川市伊香保町伊香保49
  電 話   0279-72-2378
 営業時間   立寄り 10:00~18:00 (要確認)
 入浴料   300円
温泉利用状況   完全放流式
   
 源 泉 名   総合湯(混合泉)
  泉 質   カルシウム・ナトリウム-硫酸塩・炭酸水素塩・
  塩化物泉
 湧出量   4627   ℓ/min
 泉 温   41.2  ℃
 pH   6.4
 成分総計   1.36 g/㎏
    Na=101.0/K=8.7/Ca=139.0/Mg=32.2/Al=<0.05/
  Fe2=7.23/Mn=1.39(290㎎/㎏)
  F=<0.1/Cl=146.0/SO4=284.0/HCO3=275.0/CO3=<0.1
  (705㎎/㎏)
  H2SiO3=181.0/HBO2=8.3(189㎎/㎏)
  CO2=172.0(172㎎/㎏)
           
〔2017.05.30〕
 入浴履歴   初訪14.03.21
 評 価   ★★★★★★
 伊香保温泉
吉 田 屋 旅 館
                           いかほおんせん よしだやりょかん
明治時代以降には、夏目漱石・徳富蘆花・田山花袋・島崎藤村・
与謝野晶子・竹久夢二・若山牧水・萩原朔太郎・芥川龍之介など
多くの文人に愛されるようになり、中でも徳富蘆花は、生涯で10
回夫妻で訪れ、1899(明治32)年に発表された代表作『不如帰』を
当地で執筆したほか、身体を患った晩年にも養生のために身を寄
せ、この地で生涯を閉じました。
また、与謝野晶子は1915(大正4)年に「伊香保の詩」を発表し、
その詩は石段に刻まれています。

現在は、石段街とその北東にかけて50軒足らずの宿泊施設と外湯
2か所、飲食店や土産店・観光娯楽施設が集まる温泉街が形成さ
れ、石段の下を流下し、小間口権者組合によって集中管理されて
いる“黄金の湯”のほか、湯量不足解消のために1996年に新たに
掘削された“白銀の湯”の2種類の源泉を楽しむことができます。
独特のこの分湯方法は、大堰から引湯する湯口の名称から「小間
口制度」と呼称され、温泉を利用する権利である小間口権は代々
“大家”と呼ばれる土豪たちに引き継がれていきましたが、1639
(寛永16)年に安中領主の井伊兵部少輔が「樋口并切こ満寸法」とい
う規定を定めた頃には、大家の数は14軒となっていました。
うち12軒の大家には干支が家紋のように付与され、現在、その大
家が所在した場所の石段に各々の干支が印されています。
なお、御影石の石段は、1980年から5年をかけて行われた天正以
来の大改修で新設された分を加えて365段を数えますが、これに
は温泉街が1年365日賑わうようにとの願いが込められています。

江戸時代に入ると、三国街道の裏往還である伊香保街道の開削を
機に湯治客以外の利用も増加し、特に後期には榛名神社を信仰す
る榛名講の広がりにより、全国からの参拝者が立ち寄るようにな
りました。
伊香保温泉は、関越自動車道の渋川伊香保I.Cから国道17号と県道渋川東吾妻線(35号)・渋川松井田線(33号)
を経由して西北西方向へ約11㎞、標高およそ700mの榛名山の中腹に立地し、草津温泉・四万温泉と並んで
“上州三名湯”と称されてきた群馬県を代表する名湯です。


地名としては現存する最古の和歌集である『万葉集』の東歌の中に散見され、開湯を巡っては、第11代の垂
仁天皇の御代、あるいは、天平年間(729~749)の行基による発見との諸説が伝えられていますが、室町(南
北朝)時代の1358(延文3=正平13)年前後に編纂されたという『神道集』の第7巻「上野第三宮伊香保大明神
事」には、701(大宝元)年、水澤寺の別当であった恵美僧正が夢のお告げによって石楼山の北麓で源泉を発
見したことが記載されており、少なくともこの時代には温泉の存在が知られていたようです。

当初は伊香保神社から450mほど上った湯元付近で土着の千明氏が支配する小さな温泉場でしたが、1576(天
正4)年、前年の長篠の戦いで負傷した将兵の療養に供するため、当地を治めていた真田昌幸を介して武田勝
頼から命を受けた小暮・千明・岸・大島・島田・望月・後閑の7氏の郷士が、神社の下の傾斜地を階段状に
造成して短冊状に区画・整備した石段街を造り、泉源から引いた源泉を石段中央に通した大堰という木製導
管から左右に配した湯屋に分湯するという、わが国初の都市計画に基づく温泉街を完成させました。
仕切り壁がパ
イプスペース
のように内側
に張り出して
いる右奥に設
けられた木の
扉を開けると、
中では奥壁か
ら突き出たパ
イプ湯口から
黄金の湯が打
たせ湯のよう
にドバドバと
落とされてい
ました。
旅館協同組合のHPで“伊香保最古の内湯”と紹介され、地元住民の共
同浴場代わりにもなっているという浴室は簀子敷きで、女湯との間に設
けられている湯気抜きの上から自然光が採り入れられているものの、照
度的には不十分で、室内は真昼でも仄暗い感じがしました。

仕切り壁の手前側に水カラン1基があるだけの簡素な造りで、その奥に
縦横1.4m強のモルタル造りの湯船が配されています。
玄関ホールの左にロビーと帳場があり、帳場の前から板張りの廊下を奥へ進み、
突き当たり右手の青い暖簾を潜った先が男女別の浴場となっています。
ガラス戸の玄関を入ると、ちょう
どお昼時ということもあり、館内
はシ~ンと静まり返っています。

何度か声をお掛けすると、中から
ご主人が応対に登場。
立寄り入浴をお願いすると、快く
応じて下さいました。
『吉田屋旅館』は、石段を219段上
り、左手にある「すみよし」という
カフェの手前の狭い路地を20m足ら
ず入るとその裏手に所在する、現館
主で6代目という1887(明治20)年創
業の老舗旅館です。

かなり年季の入った建物は4階建て
で、すべて和室の客室は全8室を数
えます。

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湯船には淡いモスグリーン色の濁り湯が満たされ、身を浸すと底に沈殿していた湯泥が巻き上がり、透明度
25㎝ほどの黄土色へと変わります。
肌がきしきしする少しぬるめの湯は長湯が可能で、湯面から仄かに香る金気臭に包まれながら、心地良い湯
浴みを堪能させていただきました。

なお、2食付きでもかなりお値打ちで泊まれるとのこと。
次回はぜひ宿泊先として訪れ、数少ない非加熱掛け流しの黄金の湯を思う存分満喫したいと思います。
                                           〔15.01.07〕
男湯の脱衣所の中を通り抜けた奥に女湯の
入口があるという、伊香保では旧叶屋旅館
の「処々や」でも見られる面白い構造で、
男湯の脱衣所には右側に2段の棚が備えら
れていました。