住 所   長野県長野市松代町東条55
  電 話   026-278-2016
 営業時間   8:00~20:00
 入浴料   300円
温泉利用状況   完全放流式
   
 源 泉 名   加賀井温泉一陽館1号泉 / 加賀井温泉一陽館
  3号泉
  泉 質   ナトリウム・カルシウム-塩化物泉
 湧出量            ℓ/min
 泉 温   37.8 / 41.0 ℃
 pH   6.5 / 6.7
 成分総計   13.53 / 13.98 g/㎏
    Na=2300/K=413.0/Ca=1160/Mg=248.0/NH4=1.9/
  Fe2=21.6/Mn=5.0(4149.4㎎/㎏)
  F=0.5/I=3.8/Br=6.0/Cl=5440/SO4=261.0/
  HCO3=1990(7701.3㎎/㎏)
  HAs02=0.2/H2Si03=143.0/HBO2=733.0(876.2㎎/㎏)
  C02=803.4/H2S=0.1(803.5㎎/㎏)  〔1999.06.03〕


  Na=2350/K=249.0/Ca=1250/Mg=311.0/NH4=1.4/
  Fe2=25.1/Mn=4.5(4191.0㎎/㎏)
  F=2.9/I=3.9/Br=5.6/Cl=5630/SO4=313.0/
  HCO3=2050(8005.4㎎/㎏)
  HAs02=0.2/H2Si03=136.5/HBO2=811.0(947.7㎎/㎏)
  C02=836.5(836.5㎎/㎏)      
 〔1999.06.03〕

 入浴履歴   初訪08.04.19
 評 価   ★★★★★★★
 加賀井温泉
一 陽 館
                          かがいおんせん いちようかん
一方、浴舎の裏側には、2槽に分かれた混浴の露天風呂も設
けられています。
ただし、身障者を除いて脱衣は浴舎内に限られているため、
必然的に裸か、女性の場合はタオル巻きで移動しなければな
りません。

内湯には加賀井温泉一陽館3号泉、露天の左側の湯船には松
代地震で再び湧出するようになったという同1号泉、右側の
湯船には1・3号泉がそれぞれ掛け流され、適温からややぬる
めとなった内湯と露天右側は少し緑色掛かった黄土色、ぬる
めの露天左側はそれよりも濃い赤褐色に濁っていました。
いずれの湯からも強い金気臭・土類臭と塩苦味が感じられ、
加えて1号泉からは、微弱ながら硫黄臭も感知できました。
趣のある寄棟造りの浴舎へ入ると、脱衣所と浴室が並列した
一体型の浴場には、簀子が敷かれた右手の窓際にプラスチッ
ク籠を載せた2段の棚が設えられ、左の仕切り壁の前には、7
×2mほどの細長いコンクリート湯船が配されています。
駐車場から歩いて行くと、左手前に郷愁を誘うような土壁の木造平屋建
物があり、その奥には堂々としたかつての本館が並んで建っています。

利用者は平屋の受付棟で入浴料を支払いますが、その際にご主人から初
めてかどうかの尋問。
初訪だと分かると表に登場し、「ここは温泉マニアが好奇心で訪れるよ
うなところではなく、本当に身体の具合の悪い人が湯治をするところ」
「1日に何か所も湯巡りをしているような人には帰ってもらっている」
などと仰りながら右手奥の浴場へ案内され、浴場の様子や入浴の仕方、
源泉の説明をされた後に、源泉槽の見学もさせていただきました。
「顔を近付けて」の声に源泉槽の中に少し顔を入れると、思わず咽返る
ような炭酸刺激臭。ご主人はしてやったりの顔で笑っておられました。
『一陽館』はこの温泉の湯元で、現在、ここだけがかつての温泉名である加賀井温泉を名乗っています。
この一陽館が、記念すべき信州湯めぐりの第一歩。

今回は十分な時間が確保できなかったものの、ぬる湯で長湯が可能な個性的な源泉はもちろんのこと、浴舎
や湯船の風情、湯治場を偲ばせる独特の雰囲気、湯船周りだけでなく床全体を覆った黄橙色や砥粉色の析出
物のいずれもが素晴らしく、“温泉王国信州”の実力のほどを思い知らされた一湯です。   〔10.08.10〕
1930年に先々代が温泉宿として創
業し、その後ご長男が経営されて
いたものの、高齢のため引退。

東京水産大の教授を務めていた弟
の春日功氏が、退職後の1998年か
らその跡を継ぎ、現在は日帰り入
浴のみ行っています。

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松代温泉は、上信越自動車道の長野I.Cから約2.8㎞、県道長野真田線(35号)と
国道403号を経由して松代市街へ向かい、荒神町のY字交差点を左へ折れて道
なりに東進した先、尼飾山(標高780m)西麓の長閑な田園地帯に湧く温泉です。


鎌倉時代、当地に在住した源頼朝の愛妾に子供ができないよう願掛けに来た北
条政子が入浴したと伝えられ、1271(文永8)年には、日蓮が佐渡流罪の折に海
津住人の九龍源吾宅に宿泊して入浴し、赦免となった3年後にも再訪して皮膚
病を癒したとされています。
また、戦国時代、武田軍の将兵が傷ついた身体を癒した“信玄の隠し湯”の一
つに数えられ、松代藩6代真田幸弘の時代の1766(明和3)年に、村長らが奉行宛
に提出した温泉開設の願書も残されているとのことです。

以前は古い地名を冠して「加賀井温泉」と呼ばれていましたが、現在、2軒あ
る宿泊施設のいずれもが松代温泉と名を代えています。