住 所   新潟県南魚沼郡湯沢町三俣686
  電 話   025-788-9911
 営業時間   立寄り 10:30~15:00 (受付 14:00)
 入浴料   1080円 (土日祝 1200円)
温泉利用状況   完全放流式
   
 源 泉 名   貝掛温泉
  泉 質   ナトリウム・カルシウム-塩化物泉
 湧出量   406   ℓ/min
 泉 温   36.2  ℃
 pH   7.7
 成分総計   1.994 g/㎏
    Li=1.5/Sr=0.9/Na=406.7/K=5.2/Ca=328.5/Mg=0.9/
  NH4=0.6(744.3㎎/㎏)
  F=0.6/I=1.9/Br=5.9/Cl=1026/SO4=140.9/HCO3=18.6/
  HPO4=0.7(1195㎎/㎏)
  HAsO2=0.97/H2SiO3=31.3/HBO2=21.1(53.4㎎/㎏)
  CO2=0.6(0.6㎎/㎏)
            
〔2012.10.11〕
 入浴履歴   初訪13.09.14
 評 価   ★★★★★★★
 貝掛温泉
貝 掛 温 泉
                                     かいかけおんせん

各湯船に満たされているのは、源
泉露天風呂の左奥に鎮座する小屋
の中で湧出しているという含塩化
土類-食塩泉。
無色透明の湯は、夏場にはずっと
浸かっていられる不感温度のぬる
湯で、痕跡的な金気臭とともに薄
塩味と微渋味が感じられます。
源泉露天風呂では少つるりといっ
た程度でしたが、内湯源泉風呂で
は泡付きが良く、ぬるぬるした肌
触りを楽しむことができました。
さらに、左奥
のガラス戸か
ら外へ出ると、
正面には広々
した長楕円形、
その右横に小
さな露天岩風
呂が設えられ
ており、前者
には源泉、後
者には加温泉
がそれぞれ供
されていまし
た。
対する右側に
は手前に2.05
×1.95mほど
の方形、その
奥に幅3.6m、
奥行き3.85m
ほどの五角形
を呈した紅御
影石で縁取っ
た石板張りの
2槽の湯船が
配され、手前
には加温泉、
奥には源泉が
掛け流されて
います。
1993年に建てられたという浴舎は、吹き抜けの高い天井に架け渡された
太くて立派な梁が剥き出しとなった豪壮な造りで、露天風呂を臨む前面
は大きな嵌め殺しのガラス窓となっています。

床は十和田石っぽい石板で仕上げられ、入口のガラス戸のすぐ左手に岩
組みの掛け湯槽があり、左壁には5基のシャワーカランが設置されてい
ました。
白壁で落ち着いた雰囲気の脱衣所
は、天井が吹き抜けとなったゆっ
たりした造りで、右側に30個の丸
籠が納められた中央に仕切りのあ
る4段棚と貴重品ロッカー18庫が
備えられ、左奥には洗面ボウル3
基のパウダーコーナーが設けられ
ています。
新館の玄関前に設置されていた案内板に立寄り入浴時間は10時半から
14時受付(公式サイトでは11時から)と表示されていたことから、その
前で待機していると、20分ほど前にもかかわらず、大女将のお計らい
によって迎い入れていただきました。
館内へ入ると、米どころ・酒どころの越後の湯宿らしく米俵や酒樽が
積まれた板張りのロビーの左側手前に帳場があり、居合わせた年配の
男性に立寄り入浴をお願いします。

浴場は、ロビーからまっすぐ奥へ進み、錦鯉が泳ぐ池を横目に渡り廊
下で本館へ移り、さらに客室の間を抜けた奥に位置しています。
“湯殿 悦道大山”という扁額が掛けられた木造の浴舎へ入ると、男
女時間交替制の浴場が左右に分かれており、訪問した時は左側が男湯
となっていました。
白壁に格子状に組まれた焦げ茶色
の木材が映える庄屋造りの2階建
て建物は、1993年に建築された新
館とその左奥に並ぶ1869(明治2)
年築の本館からなり、客室は全26
室を数えます。

立寄り入浴の受付開始が10時から
と勘違いしてその時間に合わせて
訪れたところ、ちょうど宿泊客の
お見送りの真っ最中。
江戸時代に入ると、眼病に効能の
ある温泉が湧出している湯治宿と
して多くの湯治客を集めるように
なり、1882(明治15)年には、江戸
時代半ばから続く与之助宿の6代
目 茂木与平治が、内務省から製
造販売の許可を得て「快眼水」と
いう名で目薬を生産し、昭和初期
まで販売が行われました。
『貝掛温泉』は、関越自動車道の湯沢I.Cから国道17号で苗場方面へ向
かうこと約11.2㎞、門柱のような案内表示にしたがって国道を右へ逸れ
て幅の狭い坂道を下り、北流する清津川に架かる長さ約150mの貝掛橋
を渡って200m余り進むと突き当たりに所在する、日本秘湯を守る会の
会員である貝掛温泉の一軒宿です。

貝掛温泉は、鎌倉時代に京都の東福寺第4世住持 白雲慧暁禅師(1223~
1298)によって発見されたと伝えられる温泉で、室町時代には相国寺の
万里集九が1488(長享2)年に著した漢詩文の旅文集『梅花無尽蔵』に紹
介され、戦国時代には上杉謙信が関東出陣の際に将兵の傷を癒すために
利用したとのことです。

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受付時間を過ぎると、次から次へと入浴客が訪れ、たちまち大賑わい。
もっぱら内湯源泉風呂の湯口の横に陣取り、備え付けの木枕に頭を載せながら、ザバザバと注がれる極上湯
を1時間以上どっぷりと堪能させていただきました。

なお、脱衣所に掲示されていた日本温泉協会が2011年6月に発行した温泉利用証に拠ると、内湯源泉風呂は
源泉・泉質・引湯・給配湯方式・加水・新湯注入率の6項目すべて、源泉露天風呂は新湯注入率(3点)を除く
5項目で5点の満点評価が与えられていました。                      〔14.12.22〕
度重なる水害に見舞われながら8代
続いた宿も、1935年9月に台風によ
る豪雨の被害に遭い遂に廃業となり
ましたが、20年後、紙問屋商を営ん
でいたものの眼底出血によって失明
寸前となった初代館主が、廃屋同様
であったこの温泉で6か月間湯治し
たところ、見事に視力を回復したこ
とから、宿の権利を譲り受け、1955
年9月に川岸から高台に場所を移し
て復興させました。