住 所   北海道登別市上登別町42-28
  電 話   0143-84-3045
 営業時間   立寄り 8:00~22:00
 入浴料   500円
温泉利用状況   完全放流式 (加水あり)
   
 源 泉 名   大湯沼
  泉 質   酸性・含硫黄-ナトリウム-硫酸塩泉
 湧出量       ℓ/min
 泉 温        ℃
 pH   
 成分総計        g/㎏
    
  
  
  
  
  
 入浴履歴   初訪16.07.14 泊
 評 価   ★★★★
 上登別(新登別)温泉
旅 館 四 季
          かみのぼりべつ(しんのぼりべつ)おんせん りょかん しき
一方、ガラス戸とガラス扉の二重となった出入口から行き来する露天風
呂は、前面に遮るものが何もない開放的な造りとなっています。

砂利を固めて拵えた湯船は、本来一つの浴槽を板塀で左右に仕切ったも
ので、幅2.75m、奥行き2.4mほどの大きさ。
板塀は底面まで届いておらず、また先端もわずかに空いており、そこに
陣取れば混浴気分を楽しむこともできます。
熱め寄り適温の濁り湯か
らは、しっかりした焦げ
硫黄臭と少酸味が感じら
れ、肌がぬるっとしてし
っとりしました。
湯船へは左奥に突き出たパイプ湯口から源泉が静かに掛け流され、入室
した時には透明度50㎝ほどの青白色を呈していた湯色は、入湯と同時に
底面に少量沈殿していた湯泥が巻き上がり、たちまち透明度15㎝ほどの
白濁湯に。
浴場は内湯のほかに露天も備えら
れており、板張りで壁の下半を平
石で仕上げた浴室には、左壁に3
基のシャワーカランが並び、右奥
に寄せて幅2.05m、奥行き2.2m
ほどの五角形を呈した木造の湯船
が配されています。
両開きガラス扉の玄関から館内へ
入ると、カーペット敷きのロビー
から左へ廊下が延びており、道頓
堀・此花・淀川・浪花などと大阪
ゆかりの名が付けられた客室のう
ち、左側の手前から2番目の8畳間
“心斎橋”を利用させていただき
ました(1泊2食 7000円+入湯税)。
『旅館 四季』は、大阪出身の料理
人であった先代館主が1974年に創業
した温泉旅館で、初めての北海道旅
行の初日に宿泊利用しました。

道道の西側に白樺に囲まれて佇む建
物は、1991年に改築されたという鉤
形を呈した平屋建てで、客室は全6
室を数えます。
1960年、山形市出身で衆議院議
員であった鹿野彦吉氏が約240
町歩の土地を買い取り、翌年よ
り社長を務める新登別観光開発
(株)が分譲地の造成に着手。
1962年に名を改めた新登別温泉
(株)が1.45㎞余り離れた大湯沼
から配湯を始めましたが、1965
年に倒産しました。
その後、配湯の管理と分譲地の
開発は登別町(1970年から登別
市)に引き継がれ、1972年に開
湯しました。
上登別(新登別)温泉は、道央自
動車道の登別東I.Cから道道洞
爺湖登別線(2号)で北西方向へ
上ること6㎞余り、北海道のみ
ならず我が国を代表する温泉地
の一つ、登別温泉から西へ直線
距離で880mほど離れた上登別
地区に2軒の宿(うち1軒は冬期
休業)と貸切別荘1軒が点在する
閑静な温泉地です。

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女湯側でパイプ湯口から注がれている湯は底がかろうじて見える程度の濁り具合で、ちょうど良い湯加減。
内湯と比べると弱いものの、湯面からはガスっぽい硫黄臭が漂っていました。


なお、利用源泉に関して、浴場に掲示されていた分析表では、日和山が噴火した際の爆裂火口跡の一部であ
る“奥の湯”から引かれた単純硫黄泉となっていましたが、帰り際にご主人に確認したところ、現在は100
m余り手前に位置する周囲約1㎞の瓢箪形を呈した爆裂火口跡“大湯沼”から配湯されているとのことでし
た。                                        〔17.04.05〕
浴場は廊下の最奥を左へ進むと突き
当たりにあり、左端の“天満”が男
湯、右端の“羽衣”が女湯となって
います。

扉を入ると緑色のシートが敷かれた
脱衣所には、右壁に大振りな12庫の
脱衣箱が置かれ、扉のすぐ右横には
小さな洗面台が設置されていました。
登別 大湯沼
登別 大湯沼川天然足湯
登別 地獄谷
登別 奥の湯