住 所   長野県諏訪市湯の脇2-5-8
  電 話   
 営業時間   6:00~9:00 / 14:00~22:00 (休=第2・4火)
 入浴料   200円
温泉利用状況   完全放流式
   
 源 泉 名   七ッ釜配湯センター (三ッ釜1号源湯・三ッ釜
  2号源湯・あやめ源湯・柳並源湯 混合泉)
  泉 質   単純温泉(アルカリ性)
 湧出量       ℓ/min
 泉 温   54.0  ℃
 pH   8.56
 成分総計   0.4966 g/㎏
 




                   〔2008.02.15〕
 入浴履歴   初訪09.04.04
 評 価   ★★★★
 上諏訪温泉
湯の脇 平温泉
                  かみすわおんせん ゆのわき たいらおんせん
タイル張りの浴室には、左側に5対、奥に3対のカランが並び、
右手の仕切り壁に寄せて、紅御影石で縁取った長方形の2角
を欠くタイル張り湯船が配されています。

右手前にある源泉カランから掛け流されているのは、七ッ釜
配湯センターから給湯されている4本の源湯による混合泉で、
横にある水カランとともに湯温調整が自在に行えるようにな
っています。
少し熱めの無色透明の湯は、泉質が単純温泉ということもあ
ってほぼ無味無臭でしたが、さらっとした肌当たりの柔らか
い心地良さが印象に残りました。


お互いに身体の調子のことなどを報告し合うおじいさん2名
のお話に耳を傾けながら、地元で大切に利用され続けている
湯をありがたく満喫させていただきました。  〔11.01.18〕
『平温泉』は、JR中央本線上諏訪駅の東口から国道20号をおよそ500
m北上し、線路の西側に渡る踏切のところで国道から離れ、右側の狭い
三又路の真ん中を130mほど進むと交差点の左手前に所在する共同浴場
で、小和田地区にある同名のジモ泉と区別するため、地名である“湯の
脇”を冠して呼称されています。

1443(嘉吉3)年に諏訪大社から室町幕府に提出された「御渡注進状」に
その名が記され、精進湯・虫湯・小和田平湯とともに“上諏訪四湯”と
呼ばれた歴史のある浴場ですが、現在は手前に大きな貯湯タンクが置か
れた薄肌色の民家のような2階建ての建物となっています。
かつては組合員のみが入浴できるジモ泉であったそうですが、1999年の
建て替えを機に外来客にも開放されました。
上諏訪温泉は、諏訪湖東岸の湖岸沿いを中心に、30軒の宿泊施設や90か所近くもの共同浴場・日帰り入浴施
設が建ち並ぶ、温泉王国信州を代表する温泉地の一つです。

古くから諏訪大社上社の門前町として知られ、江戸時代には甲州道中(街道)の宿場町として、また、高島藩
の城下町として栄えました。
温泉の歴史も古く、鎌倉時代には利用が始まり、室町時代の史料には「平湯」の名が記録されているそうで
す。
近代に入ると、製糸工業の隆盛、1905(明治38)年のJR中央本線の開通、温泉掘削法の開発によって大いに
発展し、片倉財閥の2代目片倉兼太郎によって1928年に建設された片倉館は、わが国最古の温泉保養施設と
して、現在も市民に親しまれています。
戦後、市内の至るところから温泉が湧出するという土地条件から濫開発が進み、源泉数は一時500か所以上
を数えましたが、江戸時代から存在していた山麓域の源泉がほとんど枯渇するという事態を生み出したこと
などから、1987年に市水道温泉課によってわが国最大の統合源泉システムが導入されました。
現在、10か所の主力源泉から汲み上げられた温泉が、8か所の配湯センターと10か所の中継ポンプによって、
給湯区域の宿泊施設や共同浴場・公共施設・病院・学校・一般家庭などに配湯されています。

なお、共同浴場は別府に次ぐ数を誇るものの、そのほとんどは地元組合員専用のいわゆる“ジモ泉”で、外
来利用が可能な浴場は数か所に留まっています。

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中へ入ると右手にガラスの小窓が付いた番台があり、利用者は隣接す
るきくちや商店で入浴券を購入し、湯番のおじさんに手渡すようにな
っています。
ところが、大雨の中でようやく探し当てた末に慌てていたために、そ
の手続きには気が付かずに現金で支払い。こちらの勢いに気圧された
のでしょうか、おじさんは何も仰らなかったのですが、帰り際に番台
の張り紙に気付かされ、大変申し訳なく感じてしまいました。

レトロな体重計が鎮座する脱衣所は、床・壁とも綺麗な板張りで、左
手には、最上段の3庫だけに鍵が付いた16庫のカラーロッカーが置か
れています。