住 所   大分県別府市観海寺3組
  電 話   
 営業時間   8:00~16:00 (休=月・金)
 入浴料   100円
温泉利用状況   完全放流式
   
 源 泉 名   薬師湯
  泉 質   単純温泉
 湧出量       ℓ/min
 泉 温   54.0  ℃
 pH   
 成分総計        g/㎏
 





 入浴履歴   初訪12.10.07
 評 価   ★★★★
 観海寺温泉
復 興 泉
                          かんかいじおんせん ふっこうせん
『復興泉』は、県道別府庄内線(52
号)の観海寺交差点から南へ入って
坂を上り、杉乃井ホテルの前に架か
る1922(大正11)年建設の観海寺橋で
朝見川の右岸に渡ってさらに190m、
観海禅寺の薬師堂のすぐ左横に所在
する市有区営の共同浴場です。

創設当初は「観海寺温泉」と呼ばれ
ていましたが、前述した大火後の復
興に当たり、現在の浴場名に改めら
れました。
観海寺温泉は、別府市役所から1.5㎞ほど西へ上った朝見川の上流、船
原山(692m)北東麓の標高150mの高台に立地する、好天の日には遠く四
国まで見渡すことができるという八湯一の眺望を誇る温泉地です。

奈良時代に入って間もない713(和銅6)年、国東半島の各所に“六郷満山”
と呼ばれる28の密教寺院を開創し、温泉名の由来ともなっている観海禅
寺を建立した仁聞菩薩によって開かれたと伝えられる温泉で、1190(建
久元)年頃には、病となった後白河法皇が夢のお告げにしたがって入浴
し、また、その第三皇女である式子内親王も「薬師湯」と称されていた
観海寺の湯をこよなく嗜み、この地で生涯を終えたと口承されています。
別府温泉郷は、伽藍岳(硫黄山・1045.3m)と鶴見岳(1374.5m)という2つの活火山の東麓に湧く、わが国を
代表する温泉地です。

温泉郷内には、“別府八湯”と総称される別府・亀川・柴石・鉄輪・明礬・堀田・観海寺・浜脇という個性
豊かな8か所の温泉地が点在し、掲示用新泉質名として大別される10の泉質のうち、7種類の湯を楽しむこと
ができます。
泉源の数は別府市内で2292孔、湧出量は毎分87636ℓ(『平成29年度 東部保健所報』より)を数え、“泉都”
の名に相応しい日本一の豊富な湯量を誇っています。
別府八湯の中では、唯一外来入浴が
可能な共同湯が見当たらなかった観
海寺温泉にあって、近年、同様に一
般開放された中都留温泉とともに貴
重な共同浴場。

そのありがたさを噛み締めながら、
仁聞菩薩による開湯以来湧き続け、
後白河法皇も入湯されたと伝えられ
る千年湯をじっくりと堪能させてい
ただきました。    〔13.09.17〕
湯船に向かって右奥に付設された源泉枡からすぐ横の浴槽内
側面の湯口を介して加えられているのは、薬師堂で湧出して
いる単純温泉“薬師湯”。

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男湯は右側。
浴場は脱衣所・浴室一体型の小ぢん
まりした造りで、入口から右手の狭
小な空間が奥に6庫の脱衣箱を備え
た簀子敷きの脱衣所、そのすぐ前が
タイル張りの浴室となっています。

浴室は右壁の奥寄りに水カランが1
基設けられているだけの共同浴場ら
しい簡素な造りで、左側には1.95×
1.2mほどのタイル張り湯船が仕切
り壁に寄せて配されていました。
以前は組合員のみが利用するいわ
ゆるジモ泉でしたが、2011年10月
から一般にも開放され、外来入浴
が可能となりました。

1976年に改築された浴場は、上に
観海寺公民館を併設した2階建て
建物の1階にあり、中央から少し
右寄りに並ぶ2つのサッシ戸の間
に小さな料金箱が備え付けられて
おり、組合員以外は事前に入浴料
を納めなければなりません。
江戸時代に入ると開発が進められ、1803(享和3)年に完成し、翌年、
第10代岡藩主 中川久貴によって幕府に献納された『豊後国志』にも、
壮観な眺望と温泉の特徴、入浴の様子などが紹介されています。
近代以降も湯治場として多くの浴客で賑わっていましたが、1931年10
月28日の深夜に旅館街の中心から出火、旅館や浴場の多くが灰燼に帰
してしまいました。

それでもその後、地元の努力もあって観光温泉地として見事に復興を
果たし、現在では、杉乃井ホテルやスギノイパレスなど大型ホテルや
レジャー施設が建ち並ぶ一大温泉リゾートとなっています。
湯船に満たされた清澄な
透明湯は、無臭で少し甘
味が感じられる程度と際
立った個性はありません
が、先客によって適温か
ら少しぬるめに調整され
ていたことから浸かりや
すく、柔らかな肌当たり
に好感しました。