住 所   大分県別府市鉄輪東6組
  電 話   
 営業時間   6:30~21:00
 入浴料   100円
温泉利用状況   完全放流式 (加水あり)
   
 源 泉 名   別府市温泉供給事業鉄輪線渋の湯上
  泉 質   ナトリウム-塩化物泉
 湧出量       ℓ/min
 泉 温   83.4   ℃
 pH   4.1
 成分総計   4.535  g/㎏
    Li=8.5/Na=1291.2/K=178.4/Ca=25.9/Mg=2.7/Al=0.1/
  Fe2=0.3/Mn=0.8(1507.8㎎/㎏)
  Cl=1894.3/SO4=343.5/HCO3=6.1(2243.9㎎/㎏)
  HAs02=2.7/H2Si03=689.6/HBO2=71.5(763.8㎎/㎏)
  CO2=19.8(19.8㎎/㎏)
          
 
〔2009.03.27〕
 入浴履歴   初訪08.08.23
 評 価   ★★★★
 鉄輪温泉
地 獄 原 温 泉
                     かんなわおんせん じごくばるおんせん
鉄輪温泉の共同浴場の中
では決して個性的な湯で
はありませんが、日が暮
れてからは組合員の賑や
かな声が絶えない、好印
象の残った普段使いの生
活温泉でした。
      〔11.02.01〕
湯船を満たした無色透明の湯からは、ほとんど無味ながら芒
硝っぽい香りがはっきりと感じられ、適温に調整されていた
こともあって、浴感は意外とさっぱりしていました。
右側の戸を開けて中に入ると、すぐ目の前が脱衣所
となっており、正面には12庫の脱衣箱が設えられて
います。
浴場は脱衣所と浴室がわずかな壁で画されただけの
一体型の造り。
2段分低くなった浴室の床は煉瓦状の石張りで、天
井はさほど高くないものの、湯船の真上が湯気抜き
となっているために明るい感じがします。

中央には長方形の水色タイル張りの湯船が仕切り壁
に一短辺を寄せて置かれ、左奥の源泉枡で湯口から
供される高温の源泉を一旦受け、そこから湯船にト
ボトボと注がれています。
明治初年にはすでに開設されていた浴場で、辺りは竹竿を刺せば音を立
てて噴気が噴き出すほどの地獄地帯であったそうです。
“薬師温泉”“原の湯”などと呼ばれ、昭和初期までは湯船が一つの混
浴でしたが、1947年の改築によって男女別の浴場となりました。
1954年、地名を採って現在の浴場名となり、1995年には白壁瓦葺き平屋
建ての現浴舎が建てられました。

向かい合う男女別の浴場入口に挟まれるように、正面にはお地蔵さんが
祀られており、外来の利用者はその下の賽銭箱に入浴料を納めるように
なっています。
鉄輪温泉は、2001年にNHKが放映した「21世紀に残したい日本の風景百選」で、第2位の“別府の湯煙”と
して紹介された別府八湯を象徴する温泉地です。
『地獄原温泉』は、県道別府山香線(218号)からいでゆ坂という石畳の坂道を300mほど下っていくと、同様
に石畳となっている鉄輪銀座通りとの交差点の右奥に所在する、地獄原温泉組合が管理運営する市有区営の
共同浴場です。
別府温泉郷は、伽藍岳(硫黄山・1045.3m)と鶴見岳(1374.5m)という2つの活火山の東麓に湧く、わが国を
代表する温泉地です。

温泉郷内には、“別府八湯”と総称される別府・亀川・柴石・鉄輪・明礬・堀田・観海寺・浜脇という個性
豊かな8か所の温泉地が点在し、掲示用新泉質名として大別される10の泉質のうち、7種類の湯を楽しむこと
ができます。
泉源の数は別府市内で2288孔、湧出量は毎分87550ℓ(『平成30年度 東部保健所報』より)を数え、“泉都”
の名に相応しい日本一の豊富な湯量を誇っています。

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古くから多数の噴気や熱湯・熱泥が噴出する温熱地帯として知られ、
奈良時代に編まれた『豊後風土記』にも、「玖倍理湯の井」の名で記
載されています。
1276(建治2)年、念仏行脚のために伊予国からこの地を訪れた一遍上
人が、地獄噴気に困っていた住民を助けるために鶴見権現で21日間の
断食祈願を行い、大小の石に経文を一字ずつ書いて地獄に投げ込んで
これを鎮静。その後、蒸し湯・渋の湯・熱の湯といった浴場を創設し
たそうです。

現在では、観光名所となった地獄めぐりの拠点として多くの観光客で
賑わうとともに、湯治場の風情を色濃く留める街として知られ、地獄
釜を利用して自炊ができる“貸間”と呼ばれる素泊まりの宿を含め、
45軒ほどの旅館・ホテルが建ち並んでいます。