住 所   群馬県吾妻郡草津町草津609 (東殿塚区)
  電 話   
 営業時間   24時間 (清掃時間 除く)
 入浴料   無料
温泉利用状況   完全放流式
   
 源 泉 名   万代鉱
  泉 質   酸性-塩化物・硫酸塩泉
 湧出量       ℓ/min
 泉 温   96.5 ℃
 pH   1.6
 成分総計   3.32 g/㎏
    H=26.0/Na=101/K=57.9/Ca=102/Mg=57.0/Al=47.1/
  Fe2=6.31/Mn=2.89(400㎎/㎏)
  F=23.2/Br=2.9/Cl=742/SO4=836/HSO4=732
  (2336㎎/㎏)
  H2SO4=48.1/H2SiO3=501/HBO2=18.7(568㎎/㎏)

                            
〔2013.05.15〕
 入浴履歴   初訪08.09.27
 評 価   ★★★★
 草津温泉
長 栄 の 湯
                           くさつおんせん ちょうえいのゆ
“草津よいと~こ、一度~は~おいで~(ハドッコイショ)”という湯もみ唄でよく知られる草津温泉は、群
馬県の北西部、草津白根山東麓の標高1170mの高所に、約130軒の宿泊施設、誰でも無料で利用可能な19か所
の共同浴場、飲食店・土産物屋などが集まる、わが国を代表する温泉地の一つです。

毎分36839ℓ、ドラム缶にして1日に25万本という自然湧出量では日本一の豊富な湯量を誇り、加えてpH2.0前
後という日本有数の酸性度から、温泉街に建ち並ぶ旅館や共同浴場のすべてが完全放流式を採っています。
対向する右奥には長方形
のコンクリート湯船が置
かれ、左手前のバルブの
付いた湯口から、草津の
主要源泉の中では最も泉
温・酸性度が高いとされ
る万代鉱源泉がドボドボ
と掛け流されています。
浴場は脱衣所と浴室がガラス戸によって画された分離型。
脱衣所は造り付けの脱衣箱が9庫設えられただけの簡素な造りですが、
温泉街の周縁部に立地しているだけあって他の浴場と比べると広々と
しています。

浴室は同じく広めに造られ、コンクリート打ちっ放しの壁の上半は桃
色に塗装、そこから下には耐酸コーティングが施されています。
興味深かったのは、入口からまっすぐ敷かれた簀子の左手に設けられ
た草津の共同浴場では唯一の細長い上がり湯槽。
最初は掛け湯槽かなと思ったのですが、ここにも源泉が常時満たされ
ており、どうやら横に椅子に置いて洗髪や身体を洗う際に利用されて
いるようです。
『長栄の湯』は、長寿の湯からその先のV字路を右へ190mほど進むと
左側に所在する、大きな三角形の屋根が目を引く共同浴場です。

中島団地という町営住宅が建ち並ぶ一角に位置し、団地住民の方が利用
されている浴場で、以前はそのまま“町営住宅の湯”あるいは“町営の
湯”と呼ばれていました。
1981年1月に造られたという東殿塚区民館併設の2階建て建物は、遠くか
ら見ると体育館と勘違いしてしまいそうな大きさで、1階の中央を通路
が突き抜け、右側が浴場、左と2階が区民館となっています。
沼田藩真田家の改易後に江戸幕府の天領となった近世には、1717
(享保2)年に8代将軍吉宗が温泉を汲み上げて江戸城に運ばせたり、
小林一茶・十返舎一九・佐久間象山といった文人も訪れています。
また、この時代を通じて60軒に及ぶ湯屋が設けられ、訪問客は1年
に1万人を超えて、“草津千軒江戸構え”と言われるほどの賑わい
ぶりであったそうです。

草津温泉の源泉といえば、岡本太郎のデザインによって温泉街の中
心でロータリー状に整備された湯畑源泉が有名ですが、このほかに
白旗・地蔵・煮川・西の河原・万代鉱といった公的管理されている
源泉や宿泊施設等が所有している小源泉も多数あります。
1975年から硫黄鉱山の坑道で新たに噴出した万代鉱源泉の利用を開
始したのを機に、町による集中管理給湯システムが整備され、一気
に温泉規模が拡大しました。
鎌倉時代初期の1193(建久4)年、源頼朝が浅間山三原野で巻狩りを行っ
た際に発見し、案内を務めた木曾義仲の旧臣細野御殿之助に湯本姓を与
え、地頭として温泉経営を任せたと伝えられていますが、確実な史料と
しては、東国への布教活動を行っていた蓮如が、1472(文明4)年に長野
市にある西厳寺の住職の案内で訪れたというのが初出のようです。

また、1489(延徳元)年には、京都相国寺の禅僧で歌人でもあった万里集
九が、詩文集『梅花無人蔵』の中で有馬温泉・下呂温泉とともにその名
泉ぶりを讃えており、少なくとも室町時代の中頃には温泉地として整備
されていたことが窺われます。
なお、万里による記述は、そのまま江戸時代前期に林羅山が唱えた“日
本三名泉”に引き継がれています。
戦国時代には傷病治癒の評価が上がり、丹羽長秀や豊臣秀吉の異父妹で徳川家康の正室になった朝日姫、大
谷吉継・前田利家といった武将らが湯治に訪れているほか、秀吉からは家康に入湯を勧める書状が送られて
います。

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温泉街の中心からかなりの距離があるため、観光客が立寄ることの少ないほとんど区民専有の生活温泉です
が、草津の共同浴場らしく閉鎖的な雰囲気はまったくなく、初めての万代鉱の湯をゆったりと満喫すること
ができました。                                    〔10.10.31〕
ほんのり青緑味を帯びた
少し熱めの湯からは、ほ
ぼ無臭ながら、他よりも
一段と強いレモン酸味を感じました。
ただし、もう少し刺激的な湯と思いきや、意外と浴感は柔ら
かく、肌を撫でながらぬるぬるっとした触感を楽しみました。