住 所   群馬県吾妻郡草津町草津394-2
  電 話   0279-88-2079
 営業時間   立寄り 12:00~15:00
 入浴料   700円
温泉利用状況   完全放流式 (加水あり)
   
 源 泉 名   白旗源泉
  泉 質   酸性・含硫黄-アルミニウム-硫酸塩・塩化物泉
 湧出量       ℓ/min
 泉 温   50.8  ℃
 pH   2.1
 成分総計   1.76 g/㎏
    H=8.91/Na=54.4/K=26.5/Ca=76.5/Mg=37.4/Al=43.9/
  Fe2=17.6/Mn=1.96(267㎎/㎏)
  F=9.5/Br=1.5/Cl=310/SO4=651/HSO4=195
  (1167㎎/㎏)
  H2Si03=216/HBO2=8.1/H2SO4=4.4(229㎎/㎏)
  CO2=88.0/H2S=7.7(95.7㎎/㎏)   
   〔2013.05.15〕
 入浴履歴   初訪11.10.09
 評 価   ★★★★
 草津温泉
群 龍 館
                               くさつおんせん ぐんりゅうかん
沼田藩真田家の改易後に江戸幕府の天領となった近世には、1717
(享保2)年に8代将軍吉宗が温泉を汲み上げて江戸城に運ばせたり、
小林一茶・十返舎一九・佐久間象山といった文人も訪れています。
また、この時代を通じて60軒に及ぶ湯屋が設けられ、訪問客は1年
に1万人を超えて、“草津千軒江戸構え”と言われるほどの賑わい
ぶりであったそうです。

草津温泉の源泉といえば、岡本太郎のデザインによって温泉街の中
心でロータリー状に整備された湯畑源泉が有名ですが、このほかに
白旗・地蔵・煮川・西の河原・万代鉱といった公的管理されている
源泉や宿泊施設等が所有している小源泉も多数あります。
1975年から硫黄鉱山の坑道で新たに噴出した万代鉱源泉の利用を開
始したのを機に、町による集中管理給湯システムが整備され、一気
に温泉規模が拡大しました。
鎌倉時代初期の1193(建久4)年、源頼朝が浅間山三原野で巻狩りを行っ
た際に発見し、案内を務めた木曾義仲の旧臣細野御殿之助に湯本姓を与
え、地頭として温泉経営を任せたと伝えられていますが、確実な史料と
しては、東国への布教活動を行っていた蓮如が、1472(文明4)年に長野
市にある西厳寺の住職の案内で訪れたというのが初出のようです。

また、1489(延徳元)年には、京都相国寺の禅僧で歌人でもあった万里集
九が、詩文集『梅花無人蔵』の中で有馬温泉・下呂温泉とともにその名
泉ぶりを讃えており、少なくとも室町時代の中頃には温泉地として整備
されていたことが窺われます。
なお、万里による記述は、そのまま江戸時代前期に林羅山が唱えた“日
本三名泉”に引き継がれています。
“草津よいと~こ、一度~は~おいで~(ハドッコイショ)”という湯もみ唄でよく知られる草津温泉は、群
馬県の北西部、草津白根山東麓の標高1170mの高所に、約130軒の宿泊施設、誰でも無料で利用可能な19か所
の共同浴場、飲食店・土産物屋などが集まる、わが国を代表する温泉地の一つです。

毎分36839ℓ、ドラム缶にして1日に25万本という自然湧出量では日本一の豊富な湯量を誇り、加えてpH2.0前
後という日本有数の酸性度から、温泉街に建ち並ぶ旅館や共同浴場のすべてが完全放流式を採っています。
清掃後の湯張り時に水を
加えて湯温調整されてい
るという白濁半透明の湯
は、適温でとても気持ち
良く、ぬるりとした肌触
りもほとんど変わりませ
んが、やはり加水のせい
でしょうか、焦げ硫黄臭
とレモン酸味は少し弱く
感じました。
曇りガラスの格子戸を介して奥に続く浴室は、天井と平石を張った洗い
場の前面を除いてすべて檜で造られ、右手前には3基のシャワーカラン、
左側には2.65×1.3m弱ほどの長方形の湯船が配されています。

奥に設えられた木箱状の湯口から静かに注がれ、右奥隅に切られた湯尻
から壁伝いに流れ去っているのは、10軒の湯宿のみに引湯されていると
いう白旗源泉。
浴場は、男女別浴場と貸切の家族
風呂が1か所。
右手の休息処の向かいにあるエレ
ベーターで地下に下り、幅の狭い
通路を奥へ進むと右手前が男湯、
その奥が女湯となっています。
“龍神の湯”と名付けられた浴場
は1997年に改修されたもので、小
ぢんまりした木造の脱衣所には、
左手前に8庫の脱衣箱、その前に2
基の洗面ボウルが備えられていま
した。
創業当初は三好屋という屋号で旅館
業とともに山菜佃煮屋などを営業し
ていたそうですが、1933(昭和8)年
11月に合資会社を設立しました。

少し古さを感じさせる建物は、1983
年10月に改築された鉄筋コンクリー
ト造りの地上3階・地下1階建てで、
客室は全8室を数えます。
プッシュ式の自動ドアから館内に入
ると、正面に小さな帳場があり、立
寄り入浴をお願いします。
『群龍館』は、湯畑から西の河原通りに入って北西へおよそ80m、通りに面してその右手に所在している家
族経営の小規模旅館です。
戦国時代には傷病治癒の評価が上がり、丹羽長秀や豊臣秀吉の異父妹で徳川家康の正室になった朝日姫、大
谷吉継・前田利家といった武将らが湯治に訪れているほか、秀吉からは家康に入湯を勧める書状が送られて
います。

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地下に立地しているとはいえ、正面左寄りに嵌められた格子
戸からは柔らかな外光が注がれ、小振りながらも情緒と落ち
着きを感じさせる雰囲気の良い湯殿でした。 〔12.12.12〕