住 所   群馬県吾妻郡草津町草津419
  電 話   0279-88-2027
 営業時間   立寄り 11:00~16:00
 入浴料   800円
温泉利用状況   完全放流式
   
 源 泉 名   白旗源泉 / 若の湯
  泉 質   酸性・含硫黄-アルミニウム-硫酸塩・塩化物泉
 湧出量       ℓ/min
 泉 温   50.8 / 50.0  ℃
 pH   2.1 / 2.1
 成分総計   1.76 / 1.78 g/㎏
    H=8.91/Na=54.4/K=26.5/Ca=76.5/Mg=37.4/Al=43.9/
  Fe2=17.6/Mn=1.96(267㎎/㎏)
  F=9.5/Br=1.5/Cl=310/SO4=651/HSO4=195
  (1167㎎/㎏)
  H2Si03=216/HBO2=8.1/H2SO4=4.4(229㎎/㎏)
  CO2=88.0/H2S=7.7(95.7㎎/㎏)   
   〔2013.05.15〕

  H=8.92/Na=56.4/K=27.4/Ca=79.6/Mg=35.2/Al=44.7/
  Fe2=16.8/Mn=1.70(271㎎/㎏)
  F=10.0/Br=1.7/Cl=340/SO4=634/HSO4=190
  (1176㎎/㎏)
  H2Si03=227/HBO2=8.7/H2SO4=4.3(240㎎/㎏)
  CO2=82.5/H2S=6.9(89.4㎎/㎏)
      〔2009.11.06〕
 入浴履歴   初訪11.10.09
 評 価   ★★★★
 草津温泉
草 津 舘
                                 くさつおんせん くさつかん
手前にある1.5m
強×1.05mほどの
小浴槽にトボトボ
と注がれているの
は、10軒の湯宿に
引湯されていると
いう白旗源泉。

湯船に湛えられた
透明度約50㎝の少
し熱めの白濁湯か
らは、弱い焦げ硫
黄臭とレモン酸味
が感じられました。
男女別の浴場はエントランスのすぐ
右手に設けられ、手前側が女湯、そ
の奥が男湯となっています。

木の扉から2.5段分下りたところに
雰囲気の良い木造りの脱衣所があり、
左手前に11個の籠を納めた3段の棚
が設えられ、左奥には洗面ボウル2
基が備えられていました。
3連休の中日で、しかも午後2時と
いう宿泊客を迎え入れる直前の微
妙な時間帯に訪れたため、立寄り
入浴の申し出に対し、応対に出て
こられたご主人も少し躊躇されて
いましたが、最終的には快く応じ
て下さいました。
沼田藩真田家の改易後に江戸幕府の天領となった近世には、1717
(享保2)年に8代将軍吉宗が温泉を汲み上げて江戸城に運ばせたり、
小林一茶・十返舎一九・佐久間象山といった文人も訪れています。
また、この時代を通じて60軒に及ぶ湯屋が設けられ、訪問客は1年
に1万人を超えて、“草津千軒江戸構え”と言われるほどの賑わい
ぶりであったそうです。

草津温泉の源泉といえば、岡本太郎のデザインによって温泉街の中
心でロータリー状に整備された湯畑源泉が有名ですが、このほかに
白旗・地蔵・煮川・西の河原・万代鉱といった公的管理されている
源泉や宿泊施設等が所有している小源泉も多数あります。
1975年から硫黄鉱山の坑道で新たに噴出した万代鉱源泉の利用を開
始したのを機に、町による集中管理給湯システムが整備され、一気
に温泉規模が拡大しました。
鎌倉時代初期の1193(建久4)年、源頼朝が浅間山三原野で巻狩りを行っ
た際に発見し、案内を務めた木曾義仲の旧臣細野御殿之助に湯本姓を与
え、地頭として温泉経営を任せたと伝えられていますが、確実な史料と
しては、東国への布教活動を行っていた蓮如が、1472(文明4)年に長野
市にある西厳寺の住職の案内で訪れたというのが初出のようです。

また、1489(延徳元)年には、京都相国寺の禅僧で歌人でもあった万里集
九が、詩文集『梅花無人蔵』の中で有馬温泉・下呂温泉とともにその名
泉ぶりを讃えており、少なくとも室町時代の中頃には温泉地として整備
されていたことが窺われます。
なお、万里による記述は、そのまま江戸時代前期に林羅山が唱えた“日
本三名泉”に引き継がれています。
“草津よいと~こ、一度~は~おいで~(ハドッコイショ)”という湯もみ唄でよく知られる草津温泉は、群
馬県の北西部、草津白根山東麓の標高1170mの高所に、約130軒の宿泊施設、誰でも無料で利用可能な19か所
の共同浴場、飲食店・土産物屋などが集まる、わが国を代表する温泉地の一つです。

毎分36839ℓ、ドラム缶にして1日に25万本という自然湧出量では日本一の豊富な湯量を誇り、加えてpH2.0前
後という日本有数の酸性度から、温泉街に建ち並ぶ旅館や共同浴場のすべてが完全放流式を採っています。

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一方、その奥にある2.5m強×2.0mほどの大浴槽にたっぷりと満たされているのは、男湯のすぐ横の中庭で
湧出している、草津では5軒の宿のみが所有しているという自家源泉である若の湯源泉。
塵のような白い湯の華が多量に舞う微白濁した少しぬるめの透明湯からは、やはり焦げ硫黄臭とレモン酸味
が感じられ、ぬるりとした肌触りとともに、白旗源泉と比して幾分柔らかい浴感が印象に残りました。


繁忙時に無理を言って入浴させていただいたにもかかわらず、湯上がり後には休憩処で女将さんから冷たい
お茶のサービス。
2本の異なった源泉を満喫することができただけでなく、やさしい心配りにも好印象を抱いた佳宿でした。
                                           〔12.12.18〕
洗面所からさらに2段分下がった位
置にある浴室は、板壁で石板張りの
小ぢんまりした造りで、右側の仕切
り壁の前にはシャワーカラン1基と
カラン一対、左には石板造りの大小
2つの湯船が配されています。
『草津舘』は、共同浴場の白旗の湯の左隣に所在する、1887(明治20)年
の創業以来、5代にわたって守り続けられてきた老舗の温泉旅館です。

白壁が美しい瀟洒な建物は、少し小振りな木造の3階建て。
1階が浴場・食事処、2・3階が客室となっており、客室は全9室を数えま
す。
両引きの格子戸を入ると、館内はそれほど広くはないものの、奥まで延
びた廊下は磨き抜かれ、中庭に臨んだ休憩処を挟んだ右奥が小さな帳場
となっていました。
若の湯源泉
戦国時代には傷病治癒の評価が上がり、丹羽長秀や豊臣秀吉の異父妹で徳川家康の正室になった朝日姫、大
谷吉継・前田利家といった武将らが湯治に訪れているほか、秀吉からは家康に入湯を勧める書状が送られて
います。