住 所   群馬県吾妻郡草津町草津368
  電 話   0279-88-2013
 営業時間   立寄り 13:00~16:00 (要確認)
 入浴料   800円
温泉利用状況   完全放流式
   
 源 泉 名   湯畑
  泉 質   酸性・含硫黄-アルミニウム-硫酸塩・塩化物泉
 湧出量       ℓ/min
 泉 温   51.3  ℃
 pH   2.1
 成分総計   1.69 g/㎏
    H=8.91/Na=56.0/K=27.5/Ca=73.5/Mg=36.3/Al=43.8/
  Fe2=17.5/Mn=1.88(265㎎/㎏)
  F=9.9/Br=1.3/Cl=311/SO4=640/HSO4=192
  (1154㎎/㎏)
  H2Si03=216/HBO2=8.2/H2SO4=4.3(229㎎/㎏)
  CO2=36.7/H2S=7.1(43.8㎎/㎏)
      
〔2013.05.15〕

 入浴履歴   初訪11.08.06
 評 価   ★★★★
 草津温泉
日 新 舘
                            くさつおんせん にっしんかん
“草津よいと~こ、一度~は~おいで~(ハドッコイショ)”という湯もみ唄でよく知られる草津温泉は、群
馬県の北西部、草津白根山東麓の標高1170mの高所に、約130軒の宿泊施設、誰でも無料で利用可能な19か所
の共同浴場、飲食店・土産物屋などが集まる、わが国を代表する温泉地の一つです。

毎分36839ℓ、ドラム缶にして1日に25万本という自然湧出量では日本一の豊富な湯量を誇り、加えてpH2.0前
後という日本有数の酸性度から、温泉街に建ち並ぶ旅館や共同浴場のすべてが完全放流式を採っています。
右奥には御影石で縁取られた2.3×2.2mほどの方形のタイル張り湯船が
配され、その右手前と左側にはそれぞれシャワーカランが2基ずつ設け
られています。

また、左手前のガラス扉の先には、内湯からはガラス越しに見通すこと
ができる屋根付きの半露天があり、そこには1.4×0.9m強ほどの小さな
石造りの湯船が設置されていました。
階段を上がった正面には、源頼朝
から湯本の姓とともに与えられた
という家紋が染め抜かれた暖簾掛
けの入口が左右に並び、右側が男
湯となっています。

脱衣所はそれほど大きくはないも
のの、清掃が行き届き、落ち着き
のあるとても良い雰囲気。
左には3基の洗面台が設えられ、
中央には12個の籠を備えた3段の
棚が設置されていました。
男女別の浴場は最上階にあり、ロ
ビー左奥の階段を14段上って2階
に上がり、少し右手に折れると左
側にある12段の階段をもう一度上
らなければなりません。
『日新舘』は、湯畑から滝下通りを30m足らず下った左手、共同浴場の千代の湯の手前に所在する、江戸時
代初期より“宿 湯本安兵衛”という名で湯宿を営んできた草津温泉最古とされる老舗の和風旅館で、戦前
までは草津で一、二を争う大旅館であったとのことです。

沼田藩真田家の改易後に江戸幕府の天領となった近世には、1717
(享保2)年に8代将軍吉宗が温泉を汲み上げて江戸城に運ばせたり、
小林一茶・十返舎一九・佐久間象山といった文人も訪れています。
また、この時代を通じて60軒に及ぶ湯屋が設けられ、訪問客は1年
に1万人を超えて、“草津千軒江戸構え”と言われるほどの賑わい
ぶりであったそうです。

草津温泉の源泉といえば、岡本太郎のデザインによって温泉街の中
心でロータリー状に整備された湯畑源泉が有名ですが、このほかに
白旗・地蔵・煮川・西の河原・万代鉱といった公的管理されている
源泉や宿泊施設等が所有している小源泉も多数あります。
1975年から硫黄鉱山の坑道で新たに噴出した万代鉱源泉の利用を開
始したのを機に、町による集中管理給湯システムが整備され、一気
に温泉規模が拡大しました。
湯畑源泉
鎌倉時代初期の1193(建久4)年、源頼朝が浅間山三原野で巻狩りを行っ
た際に発見し、案内を務めた木曾義仲の旧臣細野御殿之助に湯本姓を与
え、地頭として温泉経営を任せたと伝えられていますが、確実な史料と
しては、東国への布教活動を行っていた蓮如が、1472(文明4)年に長野
市にある西厳寺の住職の案内で訪れたというのが初出のようです。

また、1489(延徳元)年には、京都相国寺の禅僧で歌人でもあった万里集
九が、詩文集『梅花無人蔵』の中で有馬温泉・下呂温泉とともにその名
泉ぶりを讃えており、少なくとも室町時代の中頃には温泉地として整備
されていたことが窺われます。
なお、万里による記述は、そのまま江戸時代前期に林羅山が唱えた“日
本三名泉”に引き継がれています。
戦国時代には傷病治癒の評価が上がり、丹羽長秀や豊臣秀吉の異父妹で徳川家康の正室になった朝日姫、大
谷吉継・前田利家といった武将らが湯治に訪れているほか、秀吉からは家康に入湯を勧める書状が送られて
います。

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両湯船にたっぷりと満たされているのは、泉源である湯畑から直接引いているという湯畑源泉。
わずかに濁りのある透明湯からは、明礬っぽい匂いがほんのり香り、レモン酸味はするものの、比較的刺激
の少ない湯畑の湯らしい浸かり心地でした。

夏休み期間中の土曜日で大勢の観光客が行き交う表通りの喧騒をよそに、通りから少し奥に入った館内は、
チェックイン時間帯の前ということもあって静まりかえり、浴場も終始貸切状態。
鮮度の良い湯畑源泉を思う存分楽しませていただき、充実した湯浴みとなりました。     〔12.09.12〕
檜造りの浴室は
紅御影の石板張
りで、近年手が
加えられたので
しょうか、太い
丸太の梁が架け
渡された天井や
湯気抜きの格子
窓、横板張りの
壁には真新しさ
が残り、室内に
は芳ばしい檜の
香りが漂ってい
ます。
白壁が美しい瀟洒な建物は、1988
年4月に改築された木造の3階建て
で、客室数は全12室。

正面と右の二方向で出入りができ
る竪格子のアルミ戸の玄関を入る
と、よく磨き込まれた板張りのロ
ビー正面に小さな帳場があり、ガ
ラス小窓の上には、1921(大正10)
年、俳人で書家の河東碧梧桐が来
草の折に揮毫したという右横書き
の扁額が掲げられています。