住 所   群馬県吾妻郡草津町草津305
  電 話   0279-88-2045
 営業時間   
 入浴料   
温泉利用状況   完全放流式
   
 源 泉 名   地蔵の湯(県有)
  泉 質   酸性・含硫黄-アルミニウム-硫酸塩・塩化物泉
 湧出量       ℓ/min
 泉 温   48.4 ℃
 pH   2.1
 成分総計   1.67 g/㎏
    H=8.91/Na=52.9/K=25.5/Ca=70.5/Mg=36.4/Al=44.8/
  Fe2=18.5/Mn=1.86(259㎎/㎏)
  F=9.2/Br=1.5/Cl=292/SO4=647/HSO4=194
  (1144㎎/㎏)
  H2Si03=214/HBO2=7.5/H2SO4=4.4(226㎎/㎏)
  CO2=36.6/H2S=6.9(43.5㎎/㎏)
  
   〔2013.05.15〕
 入浴履歴   初訪11.08.06
 評 価   ★★★★
 草津温泉
旅 館 た む ら
                           くさつおんせん りょかん たむら
沼田藩真田家の改易後に江戸幕府の天領となった近世には、1717
(享保2)年に8代将軍吉宗が温泉を汲み上げて江戸城に運ばせたり、
小林一茶・十返舎一九・佐久間象山といった文人も訪れています。
また、この時代を通じて60軒に及ぶ湯屋が設けられ、訪問客は1年
に1万人を超えて、“草津千軒江戸構え”と言われるほどの賑わい
ぶりであったそうです。

草津温泉の源泉といえば、岡本太郎のデザインによって温泉街の中
心でロータリー状に整備された湯畑源泉が有名ですが、このほかに
白旗・地蔵・煮川・西の河原・万代鉱といった公的管理されている
源泉や宿泊施設等が所有している小源泉も多数あります。
1975年から硫黄鉱山の坑道で新たに噴出した万代鉱源泉の利用を開
始したのを機に、町による集中管理給湯システムが整備され、一気
に温泉規模が拡大しました。
鎌倉時代初期の1193(建久4)年、源頼朝が浅間山三原野で巻狩りを行っ
た際に発見し、案内を務めた木曾義仲の旧臣細野御殿之助に湯本姓を与
え、地頭として温泉経営を任せたと伝えられていますが、確実な史料と
しては、東国への布教活動を行っていた蓮如が、1472(文明4)年に長野
市にある西厳寺の住職の案内で訪れたというのが初出のようです。

また、1489(延徳元)年には、京都相国寺の禅僧で歌人でもあった万里集
九が、詩文集『梅花無人蔵』の中で有馬温泉・下呂温泉とともにその名
泉ぶりを讃えており、少なくとも室町時代の中頃には温泉地として整備
されていたことが窺われます。
なお、万里による記述は、そのまま江戸時代前期に林羅山が唱えた“日
本三名泉”に引き継がれています。
“草津よいと~こ、一度~は~おいで~(ハドッコイショ)”という湯もみ唄でよく知られる草津温泉は、群
馬県の北西部、草津白根山東麓の標高1170mの高所に、約130軒の宿泊施設、誰でも無料で利用可能な19か所
の共同浴場、飲食店・土産物屋などが集まる、わが国を代表する温泉地の一つです。

毎分36839ℓ、ドラム缶にして1日に25万本という自然湧出量では日本一の豊富な湯量を誇り、加えてpH2.0前
後という日本有数の酸性度から、温泉街に建ち並ぶ旅館や共同浴場のすべてが完全放流式を採っています。
両湯船に利用されているのは、地蔵の湯のすぐ前で湧出して
いる地蔵源泉。
内湯では無色透明で少し熱め、露天ではわずかに白く濁り、
適温となっていました。
浴槽内では湯の香が弱いものの、湯口からトボトボと注がれ
ている源泉からは明礬硫黄臭がはっきり香り、内湯では鮮度
の良さを実感できる肌への刺激とぬるり感、強いレモン酸味
が感じられ、湯の中では塵あるいは綿のような白い湯の華が
舞っていました。

浴場そのものは近代的な造りで趣に欠けるものの、草津温泉
旅館協同組合加盟の温泉宿の中では5軒のみに引湯されてい
るという地蔵源泉を加水なしの掛け流しで満喫することがで
き、十分満足感が得られました。      〔12.09.26〕
右側には3基のシャワーカランが並び、左奥に寄せて御影石で縁取った
2.0m強×1.9mほどのタイル張りの方形湯船が配されています。

一方、そのすぐ右横のガラス扉から外に出ると、竹の塀によって目隠し
されているために開放感はないものの、右端に1.6×1.2mほどの石造り
の湯船を備えた坪庭風の露天風呂が設えられていました。
脱衣所は小ぢんまりした造りで、右
には5個の籠を納めた3段の木棚、奥
にはボウル2基の洗面カウンターが
設置されていました。

黒サッシ扉の先の浴室は石板張りで、
前面がすべてガラス張りとなってい
るため、採光はとても良好です。
黒い格子戸の玄関を入ると左手の
正面に小さな帳場があり、居合わ
せた7代目館主のご主人に入浴を
お願いします。

“永楽の湯”と名付けられた浴場
は、帳場から少し奥に入ると右側
にあり、濃藍色の暖簾が掛かった
入口の前には、湯上がり後に休息
できるように、鉤形をした畳敷き
の腰掛けが2脚分置かれています。
『旅館 たむら』は、滝下通りから
地蔵通りを140mほど上った右手、
共同浴場の地蔵の湯の手前に所在す
る、1874(明治7)年に創業した純和
風の老舗旅館です。

1988年に改築された木造3階建ての
建物は、草津の伝統的な建築様式で
ある“せがい出し梁造り”が採り入
れられ、客室は全14室を数えます。
地蔵源泉
戦国時代には傷病治癒の評価が上がり、丹羽長秀や豊臣秀吉の異父妹で徳川家康の正室になった朝日姫、大
谷吉継・前田利家といった武将らが湯治に訪れているほか、秀吉からは家康に入湯を勧める書状が送られて
います。

トップページへ



群馬県の温泉へ