住 所   群馬県吾妻郡草津町草津366
  電 話   0279-88-3394
 営業時間   立寄り 12:00~16:00
 入浴料   800円 (貸切 1時間1200円)
温泉利用状況   完全放流式
   
 源 泉 名   湯畑
  泉 質   酸性・含硫黄-アルミニウム-硫酸塩・塩化物泉
 湧出量       ℓ/min
 泉 温   51.3  ℃
 pH   2.1
 成分総計   1.69  g/㎏
    H=8.91/Na=56.0/K=27.5/Ca=73.5/Mg=36.3/Al=43.8/
  Fe2=17.5/Mn=1.88(265㎎/㎏)
  F=9.9/Br=1.3/Cl=311/SO4=640/HSO4=192
  (1154㎎/㎏)
  H2Si03=216/HBO2=8.2/H2SO4=4.3(229㎎/㎏)
  CO2=36.7/H2S=7.1(43.8㎎/㎏)
      
〔2013.05.15〕

 入浴履歴   初訪12.05.26
 評 価   ★★★★
 草津温泉
薬師の湯 湯 元 館
                      くさつおんせん やくしのゆ ゆもとかん
“草津よいと~こ、一度~は~おいで~(ハドッコイショ)”という湯もみ唄でよく知られる草津温泉は、群
馬県の北西部、草津白根山東麓の標高1170mの高所に、約130軒の宿泊施設、誰でも無料で利用可能な19か所
の共同浴場、飲食店・土産物屋などが集まる、わが国を代表する温泉地の一つです。

毎分36839ℓ、ドラム缶にして1日に25万本という自然湧出量では日本一の豊富な湯量を誇り、加えてpH2.0前
後という日本有数の酸性度から、温泉街に建ち並ぶ旅館や共同浴場のすべてが完全放流式を採っています。
向かって左奥に設けられた石造りの
湯口から静かに掛け流されているの
は、すぐ横の湯畑から引かれている
湯畑源泉。

ほぼ無色透明の少し熱めの湯からは、
わずかに焦げ硫黄臭が香り、強めの
レモン酸味と苦味が感じられ、湯船
に浸かると肌がぬるぬるしました。
ガラス戸によって浴室と画された脱衣所は、壁が臙脂色に仕上げられて
いて落ち着きがあり、右手前に洗面ボウル2基、その奥に15庫の脱衣箱
が備えられています。
滝下通りに面した平側中央の暖簾
の掛かった玄関を入ると、江戸時
代末期製の櫓時計や宝船などが置
かれたロビーの右側に小さな帳場
があり、応対に出てこられたご主
人に立寄り入浴をお願いします。

左手に続く板張りのフロアにもガ
ラスケースに入った多くの陶磁器
が展示されており、その右側に男
女別の浴場、右奥に貸切風呂が設
けられていました。
『薬師の湯 湯元館』は、湯畑の湯
滝のすぐ向かい、滝下通りに入ると
すぐ右側に所在する1932年創業の和
風旅館です。

妻側の1階が養神堂という薬局にな
っている大きな三角屋根が特徴的な
白壁の建物は、この通りに建ち並ぶ
せがい出し梁造りの湯宿とは異なり、
3階部分の外壁だけが外に突出した
木造の3階建てで、客室は全8室を数
えます。
沼田藩真田家の改易後に江戸幕府の天領となった近世には、1717
(享保2)年に8代将軍吉宗が温泉を汲み上げて江戸城に運ばせたり、
小林一茶・十返舎一九・佐久間象山といった文人も訪れています。
また、この時代を通じて60軒に及ぶ湯屋が設けられ、訪問客は1年
に1万人を超えて、“草津千軒江戸構え”と言われるほどの賑わい
ぶりであったそうです。

草津温泉の源泉といえば、岡本太郎のデザインによって温泉街の中
心でロータリー状に整備された湯畑源泉が有名ですが、このほかに
白旗・地蔵・煮川・西の河原・万代鉱といった公的管理されている
源泉や宿泊施設等が所有している小源泉も多数あります。
1975年から硫黄鉱山の坑道で新たに噴出した万代鉱源泉の利用を開
始したのを機に、町による集中管理給湯システムが整備され、一気
に温泉規模が拡大しました。
湯畑源泉
鎌倉時代初期の1193(建久4)年、源頼朝が浅間山三原野で巻狩りを行っ
た際に発見し、案内を務めた木曾義仲の旧臣細野御殿之助に湯本姓を与
え、地頭として温泉経営を任せたと伝えられていますが、確実な史料と
しては、東国への布教活動を行っていた蓮如が、1472(文明4)年に長野
市にある西厳寺の住職の案内で訪れたというのが初出のようです。

また、1489(延徳元)年には、京都相国寺の禅僧で歌人でもあった万里集
九が、詩文集『梅花無人蔵』の中で有馬温泉・下呂温泉とともにその名
泉ぶりを讃えており、少なくとも室町時代の中頃には温泉地として整備
されていたことが窺われます。
なお、万里による記述は、そのまま江戸時代前期に林羅山が唱えた“日
本三名泉”に引き継がれています。
戦国時代には傷病治癒の評価が上がり、丹羽長秀や豊臣秀吉の異父妹で徳川家康の正室になった朝日姫、大
谷吉継・前田利家といった武将らが湯治に訪れているほか、秀吉からは家康に入湯を勧める書状が送られて
います。

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手前側の床には湯船の縁から溢れ出した湯が常時流れており、一際美しく映えた紅色がとても印象に残りま
した。                                        〔13.04.17〕
壁が白タイル、床が紅御
影の石板張りとなった浴
室はほどほどの広さがあ
り、左に5基のシャワー
カランが鉤形に並び、2
枚分の大きなガラスが嵌
められた右側には、紅御
影で縁取った4.1×1.7m
弱ほどの水色タイル張り
の湯船が配されていまし
た。