住 所   大分県竹田市直入町長湯7676-2
  電 話   0974-75-2620
 営業時間   6:00~7:00 / 10:00~22:00
            (休=第1水,1・5月は第2水)
 入浴料   500円 (家族湯 1時間2000円)
温泉利用状況   完全放流式
   
 源 泉 名   大丸外湯「高温ラムネ温泉」 / ラムネ1号泉
  泉 質   マグネシウム・ナトリウム・カルシウム-炭酸水素
  塩泉 /
  含二酸化炭素-マグネシウム・ナトリウム・カルシ
  ウム-炭酸水素塩泉
 湧出量       ℓ/min
 泉 温   41.2 / 32.3  ℃
 pH   6.9 / 6.3
 成分総計   4.328 / 3.6621 g/㎏
    Li=0.5/Sr=1.0/Na=300.0/K=59.5/Ca=188.0/Mg=237.0/
  NH4=2.3/Fe2=3.5/Mn=0.6(792.4㎎/㎏)
  F=0.8/Br=0.4/Cl=133.0/SO4=243.0/HCO3=2040.0
  (2417.2㎎/㎏)
  H2SiO3=203.0/HBO2=4.4(207.4㎎/㎏)
  CO2=911.0(911.0㎎/㎏)           〔2007.06.20〕

  Li=0.4/Sr=0.5/Na=219.0/K=34.4/Ca=126.0/Mg=151.0/
  NH4=1.5/Fe2=2.7/Fe3=0.7/Mn=0.7(536.9㎎/㎏)
  F=0.3/Cl=91.8/SO4=201.0/HCO3=1290.0(1583.1㎎/㎏)
  H2SiO3=158.0/HBO2=4.1(162.1㎎/㎏)
  CO2=1380.0(1380.0㎎/㎏)
       〔2007.03.12〕

 入浴履歴   初訪11.09.17
 評 価   ★★★★
 長湯温泉
大丸旅館外湯 ラムネ温泉館
                      ながゆおんせん らむねおんせんかん
また、奥の出入口から屋外に出ると、左側には天幕で上を覆
われたコンクリート造りの長方形の露天風呂が設けられてお
り、浴槽内の左奥から内湯とは別源泉の炭酸泉が静かに掛け
流されています。
右手前にある茶室のにじり口のよ
うな背の低い入口を入ると、脱衣
所とは好対照な漆喰造りの白い浴
室があり、右側から正面にかけて
3槽に分かれた湯船が配されてい
ます。

右手前と真ん中の湯船の湯口から
注入されているのは、“高温ラム
ネ温泉”と呼ばれる独自源泉の重
炭酸土類泉。
湯面に湯の華が膜のように浮かん
だ緑褐色の濁り湯は、順次、左手
の湯船に掛け流され、一番左端に
切られた湯尻から排湯されていま
した。
下流側に建つ受付棟に入るとすぐ
右手に券売機が設置されており、
購入した入浴券をスタッフに手渡
し、受付・待合ロビーを抜けて各
浴場へ向かいます。

なお、ここでは朝6時から1時間だ
け早朝入浴を行っており、さらに
宿泊客は通常の入浴料より200円
安い300円で入湯できるという情
報を宿で教えていただいたことか
ら、早起きして訪問しました。
『大丸旅館外湯 ラムネ温泉館』は、庄内久住線の長湯山脇三差路交
差点から県道朝地直入線(209号)に入り、芹川を渡って右岸沿いの道
を150m余り下ると左手に所在する、1917(大正6)年創業の長湯温泉を
代表する老舗宿 大丸旅館が2001年に40年振りに復活、開業した外湯
施設です。

当初は複数の湯船を板塀で画した半露天のような無人の施設でしたが、
2005年8月5日に位置を少し変えてリニューアルオープンしました。
建築家で東京大学名誉教授の藤森照信氏が手掛けたという3つの建物
は、腐食を防ぐために表面を炭化させた焼き杉材の間を漆喰で埋めた
黒と白の縦縞の外壁が目を引き、その上を手捻りの銅板による屋根が
覆い、頂上に長寿の象徴である松の木を立てた、日帰り入浴施設とは
とても思えない奇抜で斬新なデザインとなっています。
長湯温泉は、国道210号庄内バイパスの大龍交差点から豊後街道とも呼ばれる県道庄内久住線(30号)で南西
方向へおよそ18㎞、のどかな田園風景の中を東流する芹川に沿って15軒の旅館・民宿や公営・民営の共同浴
場が点在する、九重連山の東麓では最も規模の大きい奥豊後を代表する温泉地です。

もとは湯原温泉と呼ばれ、奈良時代に編纂された『豊後国風土記』に記載された「亦二つの湯河あり。流れ
て神の河に会へり」の“湯河”が芹川を指していると考えられることから、七里田温泉と同様、古代にはす
でに開湯していた可能性が推定されていますが、温泉地として整備が進められたのは江戸時代以降で、1706
(宝永3)年には、岡藩主5代中川久通によって御茶屋が建設され 1781(安永10)年には、中川寛得軒の設計、
藩普請によって御前湯の建設が行われました。
ただし、泡付きの速さと気泡の大きさは七里田温泉の下湯には遠く及ばず、湯船の横に掲げられていた「世
界屈指の炭酸泉」という謳い文句に期待を寄せ過ぎると、少し拍子抜けするかもしれません。

それでも、早朝入浴の時間帯は入浴客が少なく、湯口のすぐ傍で新鮮な“ラムネ温泉”を存分に満喫するこ
とができ、至福のひと時を過ごさせていただきました。                  〔12.10.31〕
泉温が30℃を少し超える
程度の緑褐色半透明のぬ
る湯からは、弱金気臭と
中程度の炭酸味が感じら
れ、湯口の近くで静かに
浸かっていると、しばら
くして身体中に気泡がび
っしりと付着しました。
笹が生い茂る緑鮮やかな中庭へ出る
と、右側に3つの浴室が設えられた
家族湯棟、正面に浴場棟が配され、
男女別の大浴場は左が男湯、右が女
湯となっています。

少し手狭な感のある脱衣所は、黒褐
色の板材で仕上げられた渋い造りで、
右に9庫の籠入り脱衣箱、左に2段目
のみ小さく12庫に仕切り、その上と
下3段にそれぞれ籠を納めた24庫の
脱衣箱が備えられていました。
なお、2007年5月、1988年に花王㈱によって命名されてから謳い文句としてきた“日本一の炭酸泉”という
キャッチコピーに関し、炭酸濃度は日本一ではなく、不当表示であるとの一部利用者からの指摘を受け、根
拠が不明確との理由から“日本一”の表示を行わないよう県から行政指導を受けましたが、全国各地の温泉
を調査したうえで、炭酸濃度・温度と湧出量、公衆浴場の充実、温泉資源保護に関する条例の制定などを総
合的に捉え、長湯温泉協会は同年12月7日に改めて「日本一の炭酸泉」を宣言しました。
昭和に入ると、ドイツのカルルスバードで温泉治療学を学び、九州帝国
大学別府温泉治療学研究所に在籍していた松尾武幸博士が長湯温泉の効
能を科学的に証明し、直入の裕福な農家の長男で、研究所で松尾の手伝
いをしていた御沓重徳は、この稀少な温泉を全国に広めるべく1933年に
長湯観光協会を設立し、パンフレットの作成や田山花袋・種田山頭火・
野口雨情・与謝野晶子といった文人の招聘、1935年に自身が経営する愛
泉館という旅館の庭にドイツ建築の公衆浴場 御幸湯を建設するなど、
温泉地の発展に尽力しました。

また、1978年には国民保養温泉地に指定され、2006年5月には、十津川
温泉郷(奈良県)・川湯温泉(北海道)・関温泉(新潟県)に次いで、九州で
は初めて“源泉かけ流し宣言”を行いました。

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