住 所   栃木県那須郡那須町湯本88
  電 話   
 営業時間   5:00~23:00 (組合員・民宿宿泊者のみ入浴可)
 入浴料   無料
温泉利用状況   完全放流式
   
 源 泉 名   行人の湯
  泉 質   酸性・含硫黄-カルシウム-硫酸塩・塩化物泉
 湧出量       ℓ/min
 泉 温   69.9  ℃
 pH   
 成分総計        g/㎏
 





 入浴履歴   初訪12.09.13
 評 価   ★★★★★★
 那須湯本温泉
河 原 の 湯
                            なすゆもとおんせん かわらのゆ
那須湯本温泉は、東北自動車道の那須I.Cから県道那須高原線(17号)で北北西へ11.5㎞余り、九尾の狐の逸
話が伝わる“殺生石”近くに源を発して流下する湯川と那須街道と呼ばれる県道沿いに30軒ほどの旅館・ホ
テル・民宿が点在する、那須連山の主峰 茶臼岳(1915m)の南東麓に湯けむりを上げる温泉地です。

舒明天皇2年の630年頃、那須野ヶ原 茗荷沢の住人 狩野三郎行廣が、山狩りで射損じた白鹿が谷間で温泉に
浴して矢傷を癒しているのを見て発見し、“鹿の湯”と名付けたと伝えられる古湯で、正倉院に残る738(天
平10)年の文書『駿河国正税帳』には、従四位下 小野朝臣牛養が「下野国那須湯」へ12名の従者を帯同して
病気療養に訪れたことが記録されています。
両湯船に供されているの
は、鹿の湯源泉とブレン
ドされて鹿の湯や12軒の
湯宿で利用されている行
人の湯。

左壁にあつめと表示され
た手前の湯船には微白濁
半透明で熱湯、ぬるめの
奥の湯船には透明度40㎝
ほどの白濁したぬる湯が
湛えられ、鮮度の良い手
前側の湯に浸かると、硫
黄臭と少レモン酸味が感
じられ、肌が少しぬるっ
としました。
奥に続く浴室は、正面に嵌められたガラス窓に加え、白色波板張りの天
井からも採光が確保され、明るさは十分。
中央には1.5×1.25mほどの2槽の木造湯船が縦に配され、仕切りの左端
には、木栓の挿し具合で注入量を調整できる湯口が設けられています。
滝乃湯と同様に扉のすぐ右横にセン
サーが設置されており、宿泊先の新
小松屋さんでお借りした電磁鍵をか
ざして開錠し、入場しました。

総木造りの浴場は幅狭ながら奥行き
のある造りで、ガラス戸によって浴
室と画された脱衣所には、右に12庫、
左に18庫の脱衣箱が設えられていま
す。
『河原の湯』は、開湯以来の元湯の名を浴場名に受け継ぐ「元湯 鹿の湯」から民宿が軒を連ねる元湯通り
と呼ばれる細い通りを南へ460m、もう1か所の共同浴場である滝乃湯から330mほど下ると左手に所在する、
那須温泉浴場組合が管理運営する共同浴場です。
中世以降には、源 頼朝・日蓮上人・松尾芭蕉といった歴史上の人物
が入湯し、江戸時代には、江戸在府の諸大名もしばしば湯治に訪れ、
温泉街の形成も進みましたが、1858(安政5)年6月14日に集中豪雨によ
る山津波が発生し、家屋流出13戸・死者18名の大惨事となりました。
被災後、14代黒羽藩主大関増徳の援助で温泉を湯川右岸の高台に移し
て復興。5か所の湯屋を創設し、28軒の湯宿が営業を再開しました。


なお、江戸末期以降、当温泉をはじめとして、茶臼岳山麓周辺に点在
する板室・大丸・弁天・北・高雄・三斗小屋の各温泉が“那須七湯”
と総称されてきましたが、現在は、地理的に少し離れた板室温泉に代
わって1890(明治23)年に開湯した八幡温泉が七湯に加わり、さらに、
1923(大正12)年に大丸温泉から引湯に成功して開発された新那須温泉
を加えて“那須八湯”と呼んでいます。

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民宿街の下手にひっそりと佇む小振りな浴舎、湯船のみと言っても良い素朴な浴場からは、“通い湯”の風
習を今も守り続ける那須湯本らしい湯治場の風情が感じられ、とても好感しました。     〔13.06.05〕
滝乃湯と同じく組合員専用のいわゆる“ジモ泉”ですが、那須湯本の
民宿に宿泊すると、滞在中は組合員である民宿の関係者として入浴さ
せていただけるということで、滝乃湯に入湯後、混み合わないうちに
と夕暮れ前に訪問しました。

トタン屋根の上に湯気抜きを備えた浴舎は木造平屋建てで、真ん中に
並ぶアルミ扉のうち、右が男湯、板塀で目隠しされた左が女湯の入口
となっています。