住 所   長野県下高井郡野沢温泉村豊郷寺湯
  電 話   
 営業時間   5:00(12~3月 6:00)~23:00
 入浴料   寸志
温泉利用状況   完全放流式
   
 源 泉 名   熊の手洗湯
  泉 質   単純硫黄泉
 湧出量       ℓ/min
 泉 温   41.1 ℃
 pH   8.8
 成分総計   0.390 g/㎏
    Na=89.4/K=2.2/Ca=10.9/Mg=0.1/Al=0.3/NH4=0.6
  (103.5㎎/㎏)
  F=0.4/Cl=38.2/SO4=102.1/HCO3=40.7/CO3=14.2/
  NO3=0.1/HS=9.5(205.2㎎/㎏)
  H2Si03=77.3/HBO2=3.4(80.7㎎/㎏)
  H2S=0.2(0.2㎎/㎏)             
〔2006.06.30〕
 入浴履歴   初訪08.07.25,最終18.03.31(4回目)
 評 価   ★★★★★★
 野沢温泉
熊 の 手 洗 湯
                           のざわおんせん くまのてあらゆ
浴室と脱衣所
が仕切られず
に左右に並ん
だ一体型の造
りは以前のま
ま。

浴室は精美な
石板張りで、
木製の仕切り
で1.7×1.6m
強と1.2×1.6
m強の2槽に
分かれた湯船
が配されてい
ます。
綿埃のような細粒の白い
湯の華が舞う緑色を帯び
た透明湯からは、茹で玉
子のような芳ばしい匂い
が香り立ち、熊の手洗湯
源泉と推測されるぬるめ
の源泉がより多く注がれ
ていた左の浴槽の方が、
湯色・湯の香とも濃く感
じられました。
両浴槽には複数の塩ビ製のエルボパイプから湯温の異なる源
泉が加えられ、“ぬるい湯”と表示されていた向かって左側
は適温、右の“あつい湯”は少し熱めの湯加減。
2012年GWの家族旅行で中島屋旅館
へ宿泊した際に訪れて以来、約6年
振りに再訪しました。

この間、趣きのある木造りの湯小屋
は2015年のGWを最後に解体。
木材をふんだんに使用し、竪連子の
湯気抜きを備えた伝統的な湯屋造り
の浴舎へ建て替えられ、正面には旧
浴場の扁額、その奥に新調された縁
起板が掲げられていました。
左の浴槽の湯からは焦げ硫黄臭が香り、右側の浴槽を満たした無色透明
の湯からは、茹で玉子のような芳ばしい硫黄臭味が感じられました。
仕切り越しとその底に開いている穴を介して熱湯が流れ込んでくるもの
の、右の浴槽は加水要らずの適温で、利用者が少なければ、ゆったりと
湯浴みを楽しむことができます。

野沢温泉の外湯の中では唯一とも言える浸かりやすい湯温が知れ渡って
いるのか、夕刻時には地元の常連客も含めて大賑わい。
外観・浴室内とも歴史と風情が強く感じられる鄙びた浴場であり、いつ
までもこのままの姿で存続してほしいと思いました。
       〔10.09.27,18.04.30 画像追加一部差替え・記事補訂〕
湯船は右が1.8
×1.7m、左が
1.25×1.7mほ
どの大きさで、
右側には薬師堂
の裏に湧く熊の
手洗湯、左には
同源泉と大釜・
住吉屋の湯の混
合泉がそれぞれ
掛け流されてい
ます。
中央に浴場入口のアルミ扉が左右に
並び、男湯は右側。

扉の上には、十二神将の一人である
“因達羅(いんだら)大将”がこの浴
場の守り仏として祀られ、その左横
に浴場名を右横書きした扁額、さら
にその左手に昭和48年に記された縁
起板が掲げられています。
浴舎は、湯小
屋と呼ぶのが
ぴったりな小
さな片流れ屋
根の木造平屋
建て。
左の写真のよ
うに、初訪時
には黒ずんで
いた外装の板
張りこそ塗り
直されていま
したが、素朴
で地味な感じ
は相変わらず
です。

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『熊の手洗湯』は、熊の手洗湯温泉
街のゲートを潜って坂を下り、140
m余り先で右へ折れて幅狭の道を50
mほど入ると左手に所在する共同浴
場です。
浴場名が物語るように、元正天皇在
位中の養老年間(717~724)、猟師に
射られた巨熊が負い傷を癒していた
ことから発見されたという野沢温泉
発祥の湯で、浴場を過ぎた右手には
薬師堂があり、その裏手に“熊の手
洗湯”の泉源が存在しています。
野沢温泉の外湯の中で随一の共同浴場らしい鄙びた雰囲気を味わうことができなくなったことはいささか残
念ですが、加水なしで適温かつ鮮度良好な温泉をじっくり堪能できる貴重な浴場です。    〔18.04.30〕

浴場は小ぢんまりした造りで、下
足場から32庫の脱衣箱が設えられ
た右壁に沿って簀子が鉤形に敷か
れ、一段低くなった左側がそのま
ま浴室となっています。

浴室は壁面腰下が水色方形、床が
玉石タイル張りで、仕切り壁に一
長辺を寄せて、紅色の角モザイク
タイルで縁取られ、2槽に仕切ら
れたコンクリート湯船が配されて
いました。
野沢温泉は、上信越自動車道の豊田飯山I.Cから国道117号と県道飯山野沢温泉線(38号)経由で20㎞余り、毛
無山(1650m)の西麓に旅館・ホテル・民宿など200軒以上の宿泊施設が集まる、“温泉大国”信州を代表す
る温泉地です。

開湯については、聖武天皇の時代(724~748)にこの地を訪れた行基が発見したとされていますが、そのほか
にも、修行をしていた山伏が見つけた、あるいは、手負いの熊が傷を負った手を湧出口に浸しているのを猟
師が見つけ発見した、という説も伝わっています。
野沢温泉村では38か所の泉源が知られ、古くは「釜潭」(熱湯がたぎ
る縁)と呼ばれた“麻釜”(おがま)では、地元住民が野沢菜や卵など
を茹でるのに利用しています。

また、村内には御殿湯であった大湯をはじめ13か所の共同浴場(外湯)
が点在しており、江戸時代から湯仲間という制度によって守り続けら
れてきました。
現在でも、この株仲間が当番制で清掃や管理に当たり、宿泊客はもち
ろんのこと、日帰りの観光客も寸志で入浴することができます。
鎌倉時代には「犬養御湯」と呼ばれ、承久の乱(1221年)で佐渡へ配流と
なった順徳天皇により、名取御湯(宮城県 秋保温泉)・信濃御湯(長野県
別所温泉)とともに『三御湯』に選定されています(犬養御湯ではなく、
三函御湯=福島県 いわき湯本温泉の説もあり)。
1272(文永9)年には、湯山村という名で歴史に登場しています。

江戸時代には、1639(寛永16)年に藩主となり、飯山藩の基礎を固めた松
平忠倶によって御殿湯が置かれ、合わせて浴場や宿を湯治場として整備
し、広く一般にも開放したことから、多くの民衆がこの山里を湯治に訪
れるようになり、明治初期には3年間で2万人以上を数えるほどになりま
した。