住 所   長野県下高井郡野沢温泉村豊郷9520
  電 話   0269-85-3180
 営業時間   立寄り 11:00~16:00
 入浴料   750円
温泉利用状況   完全放流式
   
 源 泉 名   丸釜・茹釜・竹伸し釜・下釜・御嶽の湯 混合泉
  泉 質   含硫黄-ナトリウム・カルシウム-硫酸塩泉
 湧出量       ℓ/min
 泉 温   77.0 ℃
 pH   8.8
 成分総計   1.059 g/㎏
    Sr=0.6/Na=203.7/K=6.8/Ca=87.0/NH4=1.2(299.3㎎/㎏)
  F=1.0/Br=0.3/Cl=86.5/SO4=529.0/HCO3=10.4/
  CO3=15.0/OH=0.1/HS=5.2(647.5㎎/㎏)
  H2Si03=104.1/HBO2=8.0(112.1㎎/㎏) 
 
〔2014.11.14〕
 入浴履歴   初訪14.11.22
 評 価   ★★★★★★
 野沢温泉
桃源の湯 さかきや
                   のざわおんせん とうげんのゆ さかきや
左奥隅に設えられた木の株を利用した湯口から小浴槽へトボ
トボと源泉が加えられ、仕切りに開けられた孔を介して主浴
槽へ流れ込むようになっており、小浴槽は湯温56~57℃の激
熱、奥側で立湯が楽しめる主浴槽では絶妙の湯加減となって
いました。

掛け流しで供され、2011年6月1日に発行された日本温泉協会
の温泉利用証で毎分125.5ℓの新湯注入量を除く5項目で5点
評価が与えられているのは、2012年GWの家族旅行で宿泊し
た中島屋旅館や共同浴場の中尾の湯でも利用されていた麻釜
の4源泉と御嶽の湯の混合泉。
綿埃や糸屑のような淡い褐色の湯の華が比較的多く舞う無色
透明の湯からは、弱い焦げ硫黄臭と檜の匂いが香り、肌がし
っとりしました。
扉を開けて3段下りた位置にある浴室は平石張りで、女湯との間を画し
た仕切り壁のある左に温冷カラン1・シャワーカラン5基、右側に幅0.95
~1.4m弱、奥行き4.65mと幅2.9m、奥行き1.6m強の大小2槽に仕切ら
れた檜造りの湯船が対向するようにそれぞれ鉤形に配され、湯船の縁に
沿って簀子が敷き並べられています。
暖簾掛けの木戸を入ると、木造り
の目隠しが置かれた板壁板張りの
脱衣所には、正面に20個の角籠が
納められた24庫の脱衣箱が備えら
れ、木戸のすぐ右に小さな洗面台
が設置されていました。
野沢温泉村では38か所の泉源が知られ、古くは「釜潭」(熱湯がたぎ
る縁)と呼ばれた“麻釜”(おがま)では、地元住民が野沢菜や卵など
を茹でるのに利用しています。

また、村内には御殿湯であった大湯をはじめ13か所の共同浴場(外湯)
が点在しており、江戸時代から湯仲間という制度によって守り続けら
れてきました。
現在でも、この株仲間が当番制で清掃や管理に当たり、宿泊客はもち
ろんのこと、日帰りの観光客も寸志で入浴することができます。
野沢温泉は、上信越自動車道の豊田飯山I.Cから国道117号と県道飯山野沢温泉線(38号)経由で20㎞余り、毛
無山(1650m)の西麓に旅館・ホテル・民宿など200軒以上の宿泊施設が集まる、“温泉大国”信州を代表す
る温泉地です。

開湯については、聖武天皇の時代(724~748)にこの地を訪れた行基が発見したとされていますが、そのほか
にも、修行をしていた山伏が見つけた、あるいは、手負いの熊が傷を負った手を湧出口に浸しているのを猟
師が見つけ発見した、という説も伝わっています。

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曇りガラス窓と湯気抜きの竪連子から柔らかい陽光が射し込む総木造りの浴舎は風情たっぷりで、剥き出し
となった見事な小屋組みを見上げながら、一人静かにその雰囲気を堪能させていただきました。
                                           〔16.01.29〕
屋号にも冠されている“桃源の湯”と名付けられた浴場は、本館の右手
前に独立して建つ寄棟屋根の上に湯気抜きを載せた湯屋造りの浴舎内に
あり、ロビー右手の自動ドアから行き来するようになっています。

男女別の浴場は、中庭に臨んで奥へ延びる廊下の右側に前後して設けら
れており、手前側が男湯となっていました。
野沢温泉旅館案内所と向かい合っ
て建つ本館は、少々無骨な感じが
するコンクリート造りの3階建て。
このほか、中庭を挟んで南に2階
建ての宿泊棟がもう1棟あり、純
和風の客室は全16室を数えます。

両開きガラス戸の玄関を入ると、
ソファが置かれたロビーの左にフ
ロントがあり、ちょうど居合わせ
たご主人に入浴をお願いすると、
快く応じて下さいました。
『桃源の湯 さかきや』は、県道野
沢上境停車場線(353号)の起点であ
る横落交差点から北東方向へ50m余
り向かうと右手に所在する、「野沢
温泉源泉かけ流しの会」の会員であ
る1935年に創業された湯宿で、4年
ほど前に長野県の温泉情報誌で趣の
ある浴場を目にして以来、入湯を切
望していました。
鎌倉時代には「犬養御湯」と呼ばれ、承久の乱(1221年)で佐渡へ配流と
なった順徳天皇により、名取御湯(宮城県 秋保温泉)・信濃御湯(長野県
別所温泉)とともに『三御湯』に選定されています(犬養御湯ではなく、
三函御湯=福島県 いわき湯本温泉の説もあり)。
1272(文永9)年には、湯山村という名で歴史に登場しています。

江戸時代には、1639(寛永16)年に藩主となり、飯山藩の基礎を固めた松
平忠倶によって御殿湯が置かれ、合わせて浴場や宿を湯治場として整備
し、広く一般にも開放したことから、多くの民衆がこの山里を湯治に訪
れるようになり、明治初期には3年間で2万人以上を数えるほどになりま
した。