住 所   長野県下高井郡野沢温泉村豊郷9347
  電 話   0269-85-3128
 営業時間   
 入浴料   
温泉利用状況   完全放流式
   
 源 泉 名   昭和の湯・滝の湯・大釜 混合泉 / 薬師の湯
  泉 質   単純硫黄泉
 湧出量   58 / 10  ℓ/min
 泉 温   70.7 / 68.5 ℃
 pH   8.2 / 8.5
 成分総計   0.927 / 0.960 g/㎏ (分析値は薬師の湯)
    Li=0.08/Sr=0.4/Na=193.8/K=6.6/Ca=75.3/Mg=0.04/
  Al=痕跡/Fe2=痕跡/Ba=痕跡/Mn=痕跡(276.2㎎/㎏)
  F=0.9/I=0.1/Br=0.3/Cl=80.1/SO4=415.0/HCO3=43.9/
  CO3=7.2/HS=16.7/HPO4=痕跡(564.2㎎/㎏)
  H2SiO3=111.4/HBO2=7.6(119.0㎎/㎏)
  H2S=0.6(0.6㎎/㎏)            
〔2003.06.17〕
 入浴履歴   初訪18.03.31 泊
 評 価   ★★★★★★
 野沢温泉
常 盤 屋 旅 館
                          のざわおんせん ときわやりょかん
一方、薬師の湯は、暖簾を潜って階段を3段上がると左手に2基の洗面ボウルが
並ぶ板張りのパウダーコーナー、その奥の階段を上がると右壁の前に3段の木
製棚と14個の角籠を備えた脱衣所に分かれており、その向かいが浴室の出入口
となっています。

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書籍や各種温泉サイトなどで千人風呂の画像を目にして以来、熱望し
ていた入湯をようやく果たし、感無量。
千人風呂の陰に隠れていますが、もう一方の薬師の湯もこの温泉で温
まれば子宝に恵まれるという肌当たり柔らかな自家源泉を楽しむこと
ができ、思わぬ拾いものをした気分になりました。


温泉だけでなく、丁寧な接客、“千曲”でいただいた食事も申し分な
く、これからも守り続けてもらいたい居心地良い佳宿でした。
                          〔18.06.24〕
うっすら緑色
を帯びた透明
湯は絶妙の湯
加減で、千人
風呂に比して
湯の華は少な
いものの、湯
面からは芳ば
しい玉子臭が
ほんのり香り
立ち、肌がつ
るきししまし
た。
この湯船に供
されているの
は、敷地内で
自然湧出し、
パイプで110
m引湯されて
いるという薬
師の湯源泉。
右奥に慈母観音
が祀られている
浴室は、床を天
草陶石のような
石材で仕上げた
縦長の造りで、
右側手前に4基
のシャワーカラ
ンが並び、左壁
に寄せて瓢箪を
半割したような
形のタイル張り
湯船が配されて
いました。
光明皇后像の胸に抱
かれた壺から源泉が
落とされている大浴
槽は熱め寄り適温、
小浴槽はぬるめ、岩
風呂は表面こそ熱め
ながらもかき混ぜる
とほぼ適温の湯加減
で、綿埃のような黒
や白色の湯の華が多
く舞う無色透明の湯
からは、焦げ硫黄臭
がしっかり香り、肌
がつるきししました。
この浴場で掛
け流されてい
るのは、自然
湧出している
3本の源泉を
混合した単純
硫黄泉。
左手前に5基の
シャワーカラン
が並び、左側と
中央に周りを黒
御影石で縁取り、
空豆形をした大
小のタイル張り
湯船、右端に岩
風呂がそれぞれ
配され、寝湯が
楽しめるよう、
大浴槽には真ん
中に丸太が架け
渡されています。
平面形が横長
の浴室は鉄平
石張りで、前
面には大きな
アーチ形のガ
ラス窓が巡ら
され、レトロ
な雰囲気が漂
います。
浴場は午後9時に男女入替えとなる
ため、部屋で一息ついた後、千人風
呂へ向かいます。

暖簾を潜って片引きの木戸を入ると、
正面とそこから左手へ歩を進めた先
に板張りの脱衣所が2室あり、前者
には右に木製の3段棚と角籠6個、後
者には左に3段棚と角籠11個が備え
られ、その向かいが洗面ボウル2基
のパウダーコーナーとなっていまし
た。
この宿には、1階のフロントを過
ぎた突き当たりに、奈良時代に天
然痘が猛威をふるった折、貴賎の
別を問わずに千人の患者を風呂に
入れて治療したという光明皇后に
因んで名付けられた“光明皇后様
の千人風呂”、その前を右へ折れ
て階段を下りた先に“子宝薬師の
湯”という2つの浴場があり、千
人風呂の入口のすぐ右には温泉飲
泉所も併設されています。
今回利用させていただいたのは、エ
レベーターで4階へ上がると一番手
前に位置している“つつじ8”。

6畳の和室とツインベッドの置かれ
た6畳の洋室からなるこの宿唯一の
和洋室で、腰痛持ちの身に優しい快
適なお部屋でした(1泊2食 17500円
+税)。
二重の自動ドアの玄関を入ると、
正面は明治・大正期の資料や写真
が展示されているゆったりしたロ
ビー、右側手前がフロントとなっ
ており、チェックインをお願いし
ます。
大湯通りに面して建つ建物は鉄筋コ
ンクリート造りの4階建てで、客室
は和14・和洋1の全15室を数えます。

格天井のエントランスには右側手前
に光明皇后の石像、その奥に足湯が
設置され、正面奥の両引きガラス竪
格子戸の自動ドアの左横には、野沢
ではお馴染みの大きな道祖神が祀ら
れていました。
2009年に外資系に売却という危機
に見舞われましたが、当温泉最古
でシンボル的な存在でもあるこの
湯宿を村内資本で守ろうと、前村
長の河野幹男氏を始めとして村内
有志ら9人が出資し、資本金900万
円で同年7月10日に設立された㈱
常盤が、旧経営者から旅館施設・
駐車場・従業員寮とその土地など
を買い取って経営権を引継ぎ、8
月8日から営業が再開されました。
『常盤屋旅館』は、県道飯山野沢温泉線(38号)と野沢上境停車場線(353
号)が交わる横落交差点から110m足らず北進し、斜め右前の大湯旅館街
入口のゲートを潜って東へ約150m、当温泉のランドマークでもある大
湯の右隣に所在する、江戸時代前期の寛永年間(1624~1645)に創業され
たという老舗旅館です。

新年度のスタートを切る直前、気分の一新を図るために3年4か月ぶりに
野沢温泉村を訪れた際、宿泊利用しました。
野沢温泉は、上信越自動車道の豊田飯山I.Cから国道117号と県道飯山野沢温泉線(38号)経由で20㎞余り、毛
無山(1650m)の西麓に旅館・ホテル・民宿など200軒以上の宿泊施設が集まる、“温泉大国”信州を代表す
る温泉地です。

開湯については、聖武天皇の時代(724~748)にこの地を訪れた行基が発見したとされていますが、そのほか
にも、修行をしていた山伏が見つけた、あるいは、手負いの熊が傷を負った手を湧出口に浸しているのを猟
師が見つけ発見した、という説も伝わっています。
野沢温泉村では38か所の泉源が知られ、古くは「釜潭」(熱湯がたぎ
る縁)と呼ばれた“麻釜”(おがま)では、地元住民が野沢菜や卵など
を茹でるのに利用しています。

また、村内には御殿湯であった大湯をはじめ13か所の共同浴場(外湯)
が点在しており、江戸時代から湯仲間という制度によって守り続けら
れてきました。
現在でも、この株仲間が当番制で清掃や管理に当たり、宿泊客はもち
ろんのこと、日帰りの観光客も寸志で入浴することができます。
鎌倉時代には「犬養御湯」と呼ばれ、承久の乱(1221年)で佐渡へ配流と
なった順徳天皇により、名取御湯(宮城県 秋保温泉)・信濃御湯(長野県
別所温泉)とともに『三御湯』に選定されています(犬養御湯ではなく、
三函御湯=福島県 いわき湯本温泉の説もあり)。
1272(文永9)年には、湯山村という名で歴史に登場しています。

江戸時代には、1639(寛永16)年に藩主となり、飯山藩の基礎を固めた松
平忠倶によって御殿湯が置かれ、合わせて浴場や宿を湯治場として整備
し、広く一般にも開放したことから、多くの民衆がこの山里を湯治に訪
れるようになり、明治初期には3年間で2万人以上を数えるほどになりま
した。