住 所   栃木県那須塩原市湯本塩原
  電 話   
 営業時間   7:00~18:00 (清掃 月・木9:00~16:00)
 入浴料   300円 (宿泊者 無料)
温泉利用状況   完全放流式
   
 源 泉 名   むじなの湯
  泉 質   酸性・含硫黄-アルミニウム-硫酸塩泉
 湧出量       ℓ/min
 泉 温   59.2  ℃
 pH   2.4
 成分総計   1.792 g/㎏
    H=4.0/Na=40.8/K=11.8/Ca=79.1/Mg=31.4/Al=90.0/
  Fe2=8.2/Mn=0.3(265.6㎎/㎏)
  F=0.3/Cl=6.5/SO4=1016.6/HSO4=136.3(1159.7㎎/㎏)
  H2SO4=1.4/H2SiO3=327.6/HBO2=1.7(330.7㎎/㎏)
  H2S=36.3(36.3㎎/㎏)
            
〔1993.07.20〕
 入浴履歴   初訪12.09.13
 評 価   ★★★★★★
 奥塩原新湯温泉
む じ な の 湯
                      おくしおばらあらゆおんせん むじなのゆ
平安時代後期の1100(康和2)年頃にはすでに発見され、1156(保元元)
年に塩原八郎家忠が地頭として塩原の地を治め、八郎ヶ原に居館を構
えていた頃、一部の武士が“居村”と呼ばれていたこの一帯に住みつ
き、湯船を造って入浴に供していたそうです。

1683(天和3)年に発生した日光地震による被害で元湯温泉が壊滅的な
被害を受けて廃村となった後、再復興を断念した9軒の宿屋が移住し
て湯治場を開き、1713(正徳3)年には、元湯にあった温泉神社から御
神体とともに石幢・石段・鳥居などが人力で移され、1783(天明3)年
に初代宇都宮藩主である戸田因幡守忠寛の寄進によって新湯温泉神社
の本殿が再建されました。
なお、富士山中腹の爆裂火口跡からは、現在も亜硫酸ガスを含んだ白
い水蒸気が濛々と立ち上っています。
新湯温泉は、東北自動車道の西那須野塩原I.Cから国道400号と日塩もみじラインを経由して約23㎞、箒川と
その支流に沿って点在する大網・福渡・塩の湯・塩釜・畑下・門前・古町・中塩原・上塩原・元湯の各温泉
とともに“塩原十一湯”と呼ばれる塩原温泉郷の中では最も高い、富士山(1184.1m)西麓の標高940m前後
の高所に4軒の湯宿と共同浴場3か所が集まる小さな温泉地です。
湯船にはほんのり青みを帯びた透明度40㎝ほどの白濁湯が満
たされ、少し熱めの湯からは焦げ硫黄臭とクレゾールのよう
な強い油臭が香り立ち、弱いレモン酸味が感じられました。


ちょうどお昼時ということもあって、幸いなことに入浴中は
終始貸切状態。
水カランが一つあるだけの素朴かつ風情のある浴室で、個性
的な足元湧出泉を一人静かに思う存分楽しむことができ、強
く印象に残る湯浴みとなりました。      〔13.05.27〕
かつて混浴であったという浴室は、左手に新設された板壁によって左右
2室に分けられ、仕切り壁の横には、2槽に仕切られた2.4×1.6mほどの
木造湯船が奥に寄せて配されています。

壁の下で女湯と繋がっている湯船には、手前から右側の長辺にかけて逆
L字状の腰掛けが付設され、板張りの底が途切れた奥側では、ごつごつ
した岩の割れ目から独自源泉が自然湧出していました。
説明板に拠れば、下野国今市村で農業の開発指導に当たっていた二宮
尊徳(1787~1856)が、この世を去る前年の1855(安政2)年5月16日から
6月3日に庄屋の亀屋渡辺平兵衛宅に滞在した際、“金泉湯”と呼ばれ
ていたこの湯に浸かり、病気療養を行ったとのことです。

プレハブのような浴舎は、越屋根の湯気抜きを載せた切妻造り平屋建
てで、平側の中央から少し左に寄せて時折男女が入れ替わる2枚の扉
があり、訪れた日は右が男湯、左が女湯の入口となっていました。
女湯の入口の左横に料金箱が設置さ
れており、無料で入浴できる宿泊客
以外の外来利用者は、事前に入浴料
を納めなければなりません。

浴場は、脱衣所と浴室を画したガラ
ス戸や窓を除き、床から天井に至る
まで板を張った総木造り。
脱衣所は意外とゆったりしており、
浴室に向かって右側に24庫の脱衣箱
が設えられ、その手前には木製のベ
ンチが備えられていました。
『むじなの湯』は、新湯温泉神社に
向かう坂道の斜め向かい、案内の矢
印にしたがって上藤屋という食事処
の左横から計70段の石段とスロープ
を下り、浴場の由来を記した説明板
の先を右へ折れてさらに18段下りる
と右手に所在する共同浴場です。

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