住 所   栃木県那須塩原市湯本塩原14
  電 話   0287-32-2565
 営業時間   立寄り 10:00~20:00
 入浴料   500円 (90分)
温泉利用状況   完全放流式
   
 源 泉 名   共同噴気泉 中の湯
  泉 質   単純酸性硫黄泉
 湧出量       ℓ/min
 泉 温   79.2  ℃
 pH   2.6
 成分総計   0.414 g/㎏
    H=2.5/Na=4.8/K=1.7/Ca=6.3/Mg=2.5/Al=8.8/Fe2=1.4/
  Zn=0.1/Mn=0.1(28.2㎎/㎏)
  Cl=10.7/SO4=211.7/HSO4=17.9(240.3㎎/㎏)
  HAsO2=0.1/H2SiO3=89.8/HBO2=0.2(90.1㎎/㎏)
  H2S=55.4(55.4㎎/㎏)
            
〔1993.07.20〕
 入浴履歴   初訪12.09.15
 評 価   ★★★★★★
 奥塩原新湯温泉
湯 荘 白 樺
                    おくしおばらあらゆおんせん ゆそう しらかば
新湯温泉は、東北自動車道の西那須野塩原I.Cから国道400号と日塩もみじラインを経由して約23㎞、箒川と
その支流に沿って点在する大網・福渡・塩の湯・塩釜・畑下・門前・古町・中塩原・上塩原・元湯の各温泉
とともに“塩原十一湯”と呼ばれる塩原温泉郷の中では最も高い、富士山(1184.1m)西麓の標高940m前後
の高所に4軒の湯宿と共同浴場3か所が集まる小さな温泉地です。
平安時代後期の1100(康和2)年頃にはすでに発見され、1156(保元元)
年に塩原八郎家忠が地頭として塩原の地を治め、八郎ヶ原に居館を構
えていた頃、一部の武士が“居村”と呼ばれていたこの一帯に住みつ
き、湯船を造って入浴に供していたそうです。

1683(天和3)年に発生した日光地震による被害で元湯温泉が壊滅的な
被害を受けて廃村となった後、再復興を断念した9軒の宿屋が移住し
て湯治場を開き、1713(正徳3)年には、元湯にあった温泉神社から御
神体とともに石幢・石段・鳥居などが人力で移され、1783(天明3)年
に初代宇都宮藩主である戸田因幡守忠寛の寄進によって新湯温泉神社
の本殿が再建されました。
なお、富士山中腹の爆裂火口跡からは、現在も亜硫酸ガスを含んだ白
い水蒸気が濛々と立ち上っています。
やはり木の枝で栓をした湯口から注がれる新湯の量が少ないため、内
湯と比べるとやや鮮度の劣る適温の湯からは、仄かに明礬臭が加わっ
た焦げ硫黄臭と少レモン酸味が感じられ、底には少量の湯泥が沈殿し
ていました。

眺望が利かず、どちらかと言えば取って付けたような露天に対し、内
風呂は湯治場を想わせるような風情のある造りで、とても好感。
ひとつだけ残念だったのは、湯口の左横に備えられていた湯泥の入っ
たプラスチック桶の存在に気が付かず、公式サイトでも勧められてい
る湯泥パックを体験できなかったこと。
身体の悪い所に塗り付けるのが良いと紹介されており、再訪の機会が
あれば、ぜひとも試したいと思います。        〔13.06.30〕
一方、階段を上り切ってすぐ左手にある扉から外に出ると、
屋根掛けされた左側にプラスチック籠入りの棚を左右両側に
備えた簡易な脱衣所があり(女性は反対側)、そこから5段下
がった周りを建物で囲ま
れた中庭のようなスペー
スに、“七福の湯”と名
付けられた混浴の露天風
呂が設けられています。

真ん中に木製の目隠しが
設えられた石造りの瓢形
の湯船に満たされている
のは、透明度15㎝ほどの
白緑色の濁り湯。
小ぢんまりした浴室は、正面と左壁に嵌められたガラス窓以外はすべて
檜造りで、左側の窓の下にはシャワーカラン2基、右奥には2.1m四方ほ
どの小さな湯船が配されています。

二股の枝で栓をした左奥の湯口から掛け流されているのは、共同浴場の
中の湯でも利用されていたすぐ裏手に泉源がある噴気造成泉。
透明度30㎝ほどの少し熱めの白濁湯からは、乳酸菌のような甘酸っぱい
匂いが香り、少レモン酸味と苦味が感じられました。
この宿では、男女別の内風呂と18~21時に女性専用
の時間帯が設定されている混浴露天風呂の3つの浴
場があり、ロビー右手の帳場で事務を執られていた
若旦那に立寄り入浴をお願いしました。

帳場とは反対側にある階段で3階へ上り、案内板に
したがって正面奥の階段を少し下りると、小さなゆ
暖簾の下に左右に並ぶアルミ扉があり、左が男、右
が女性内風呂の入口となっています。
総板張りの脱衣所は奥行きのない横長の造りで、右
手前にプラスチック籠7個を納めた3段の棚、左奥に
扇風機を載せた木造りのベンチが備えられていまし
た。

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『湯荘 白樺』は、共同浴場の寺の湯を過ぎたところで日塩もみじラインを斜め左に逸れ、新湯温泉神社に
向かう坂を登り始めるとすぐ左手、“硫黄山”と呼ばれている爆裂火口跡のすぐ下に所在する1967年創業の
温泉旅館です。
1970年代に建てられた白壁の建物
は、鉄筋コンクリート造りの3階
建てで、客室は全部で15室を数え
ます。

左奥に確保された駐車場に車を停
め、透明ガラス張りの風除室が設
けられた玄関から館内に入ると、
正面のロビーには中央奥寄りにソ
ファが置かれ、その後ろには剥製
の虎の親子が飾られていました。