住 所   島根県大田市三瓶町志学931-5
  電 話   0854-83-2215
 営業時間   立寄り 10:00~16:00 (要確認)
 入浴料   500円
温泉利用状況   完全放流式
   
 源 泉 名   三瓶温泉
  泉 質   ナトリウム-塩化物泉
 湧出量   3600 ℓ/min
 泉 温   37.5 ℃
 pH   
 成分総計   2.44  g/㎏
    Li=0.554/Sr=2.31/Na=495/K=53.0/Ca=113/Mg=42.7/
  Fe2・3=5.6/Ba=0.30/Mn=1.50(714㎎/㎏)
  F=0.24/I=0.30/Br=3.43/Cl=873/SO4=9.63/
  HCO3=318.0(1204.6㎎/㎏)
  HAs02=0.7/H2Si03=215.0/HBO2=20.5(236.2㎎/㎏)
  C02=289(289㎎/㎏)
        〔2003.06.18〕

 入浴履歴   初訪07.03.16 泊,最終07.08.17 泊(2回目)
 評 価   ★★★★★★★
 三瓶温泉
元湯 湯元旅館
                     さんべおんせん もとゆ ゆもとりょかん
源泉そのままのぬる湯はいつまでも浸かっていることができ、泉源に
近いためか、志学薬師鶴の湯では微弱であった金気臭をはっきりと感
じることができました。

2度の食事の際、女将さんの小谷裕美子さんからは、以前は上方の泉
源付近に位置し“奥の湯”と呼ばれていたが、1959年に現在地に移っ
たこと、奥の湯が廃業する際に権利を引き継いだこと、5月末から6月
初旬にはホタルの乱舞が見学できるといったお話を伺うことができま
した。
施設的には古さは否めませんが、女将さんが大きな誇りと愛着を持っ
ているだけあって温泉は文句なしに素晴らしく、非常に快適な時間を
過ごさせていただきました。             〔10.03.21〕
脱衣所に入ると奥の浴室
から水が勢いよく流れる
音が聞こえ、中を覗くと、
左壁際に岩を組んで設え
られた段状の湯口からガ
ラス窓の下の岩風呂へ豪
快に源泉が注がれ、手前
の岩の間から大量に湯が
溢れ出しています。

最初に目にした時は淡い
黄灰色の濁り湯でしたが、
湯船へ身体を沈めた途端、
泥状となって底に沈殿し
ていた赤褐色の湯の華が舞い上がり、湯色はたちまち茶褐色
へと変化しました。
『湯元旅館』は、泉源から300mほど下っ
た谷間にひっそり佇む一軒宿で、県道三瓶
山公園線(30号)から市道志学市街線で三瓶
温泉街へ向かう途中、「お宿湯元」という
道標にしたがって左へ折れ、山道を200m
ほど上っていくと右手に所在しています。

手前の崖から突き出たパイプからは使用さ
れていない無色透明の源泉がザバザバと垂
れ流され、宿に至る道路右側の側溝はオレ
ンジ色に染まっていました。

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島根県の温泉へ



「サイトなどで素晴らしい温泉と伺っていますし、ぬる湯は大好きで
す」と言いますと、ようやく応じていただけました。
何でも、以前宿泊した客から湯温のことで文句を言われたそうです。

1階のロビーで記帳を済ませ、女将さん自ら案内して下さったのは2階
の最も南寄りの部屋で、横の階段を下りた突き当りが浴場となってい
ました。
浴場は隣り合って2つ設置されているものの、普段は左側の岩風呂を
貸切で利用することとなっており、入浴の際には扉のところに掛かっ
た札を“入浴中”にしておきます。
初めて宿泊予約の電話を入れた時、応対された女将さんは不思議なことに気乗り
しないご様子で、「どこでこの宿を知ったのですか?」「うちの温泉はかなりぬ
るく、もっと他に良い宿がありますよ」などと仰います。
三瓶温泉は、出雲と石見の境に聳える活火山 三瓶山(主峰 男三瓶山,標高1126m)の南西麓、孫三瓶山と日
影山の間の“湯ノ谷”と呼ばれる標高600mの谷間に湧く温泉です。

開湯については定かではないものの、江戸時代には湯治場として開かれ、寛政年間(1789~1801)には「四岳
の湯谷温泉」という記録が残されています。
明治初期には川合村の岩谷家という個人の所有となっていましたが、梶谷啓二郎という青年が奔走して安価
で買取り、1877(明治10)年には村有にして道路や浴場を整備したそうです。
1891(明治24)年には、豪雪による倒壊で泉源付近から1㎞以上下った志学集落へ移転され、長らく地名を冠
して「志学温泉」と呼ばれていましたが、1959年に国民保養温泉地へ指定されたのを機に改称されました。
現在では、三瓶山の南側に3軒の宿泊施設と2か所の公衆(共同)浴場が、それぞれ距離を置いて点在していま
す。