住 所   群馬県吾妻郡中之条町上沢渡2311
  電 話   0279-66-2218
 営業時間   立寄り 要確認
 入浴料   300円
温泉利用状況   完全放流式
   
 源 泉 名   県有泉
  泉 質   カルシウム・ナトリウム-硫酸塩・塩化物泉
 湧出量   135   ℓ/min
 泉 温   54.8  ℃
 pH   8.3
 成分総計   1.1355 g/㎏
    Na=162/K=5.1/Ca=188/Mg=0.04/NH4=<0.05/Fe2=0.01/
  Mn=<0.005(355.15㎎/㎏)
  F=0.8/Cl=195/SO4=499/HSO4=1/HCO3=1.5/CO3=9
  (706.3㎎/㎏)
  H2SiO3=63.4/HBO2=10.6(74.0㎎/㎏) 
 
〔2007.11.11〕
 入浴履歴   初訪14.11.02
 評 価   ★★★★★★
 沢渡温泉
沢 渡 館
                            さわたりおんせん さわたりかん
沢渡温泉は、JR吾妻線の中之条駅から国道353号(145号が一部重複)と
県道中之条草津線(55号)で北西へ向かうこと9㎞余り、右手に分かれる
旧街道に沿って11軒の湯宿と共同浴場1か所、食事処や商店が建ち並ぶ
山間の閑静な温泉地です。

1191(建久2)年、浅間山麓の三原野で巻狩りを行った源頼朝が、草津温
泉へ立寄った帰途に発見して入湯したと伝えられる温泉で(頼朝による
草津温泉発見は1193年とされており、混乱あり)、江戸時代に入って草
津温泉を多くの湯治客が訪れるようになると、草津の酸性湯で爛れた肌
をこの温泉に浸かって癒したことから“草津の治し湯”“草津の仕上げ
湯”として知られるようになり、弱アルカリ性の柔らかな泉質が肌に効
能があるということで「一浴玉の肌」と謳われるようになりました。
少し熱め寄りの適温となった無色透
明の湯からは、弱い玉子臭味と微弱
な渋味が感じられ、肌がしっとりし
ました。


小振りな湯船に湛えられた湯は鮮度
良好で、湯治場然とした鄙びた雰囲
気ともども好感しました。
           〔15.11.30〕
左側の白い析
出物がこびり
ついた塩ビパ
イプの湯口か
らトボトボと
加えられ、パ
スカルの原理
で右端のパイ
プ孔から排湯
されているの
は、県有の共
同源泉である
含食塩-石膏
泉。
浴室は腰壁と床を異なるモザイクタイルで仕上げた変形五角形の小ぢん
まりした造りで、右奥の一段高いところにある扉伝いにタイルの意匠と
色を違えた女湯と行き来できるようになっています。

左奥にはタイルで縁取られ、半径が1.4m・1.3m弱と左右非対称となっ
た扇形のコンクリート湯船が配されていました。
浴場は居間の右手の廊下を奥へ進
み、階段を下りた先にあり、踊り
場の左が女湯、そこから右手へ3
段下りたところが男湯に分かれて
います。

脱衣所には洗濯機が置かれ、その
上に洗濯物ハンガーが掛けられる
など家庭的な雰囲気が漂い、洗面
台の下に3個のプラスチック籠が
備えられていました。
坂の途中に立地する木造建物は、入
母屋造りの鉤形の建物の奥に切妻建
物が続く古い民家のような佇まいで、
街道に面した玄関側からは2階建て
にしか見えませんが、坂を下って右
側面へ回ると、さらにその下にもう
1階分存在していることが判ります。

両引きガラス戸の玄関を入り、正面
の居間におられた女将さんに入浴料
を支払い、浴場へ向かいます。
『沢渡館』は、旧街道を挟んで沢渡温泉共同浴場の向かい側、大きく南へ曲がるカーブの内側に所在する小
さな湯宿です。

四万温泉から電話で立寄り入浴の可否を事前に確認のうえ、訪問しました。
江戸時代中期に形成され、1831(天保2)年に蘭学者の高野長英が来訪
した記録も残る温泉集落は、明治末期から昭和初期にかけて50軒ほど
の宿や小料理屋が軒を連ねる賑わいを見せ、1922(大正11)年10月20日
には歌人の若山牧水も立寄っていますが、1926(大正15)年9月に草軽
電気鉄道が全線開通し、草津温泉へのアクセスが変化すると、湯治客
も徐々に減少していきました。

加えて、1935年9月25日深夜の豪雨による鉄砲水で温泉街の半分が押
し流され、さらに1945年4月16日に発生した“沢渡大火”という大規
模な山火事によって近隣の山々とともに温泉街のすべてが焼き尽くさ
れる壊滅的な被害を受けましたが、町田浩蔵氏を中心とした住民の努
力により、14年後の1959年に再興を果たしました。

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