住 所   大分県別府市野田4組-2
  電 話   0977-66-4013
 営業時間   10:00~16:00
 入浴料   お賽銭
温泉利用状況   完全放流式
   
 源 泉 名   龍巻地獄
  泉 質   (含食塩酸性泉)
 湧出量       ℓ/min
 泉 温   105  ℃
 pH   
 成分総計       g/㎏
 





 入浴履歴   初訪10.02.11
 評 価   ★★★★
 柴石温泉
長泉寺 薬師湯
                      しばせきおんせん ちょうせんじ やくしゆ
『長泉寺 薬師湯』は、亀の井バスの湯の森停留所で降車し、県道別
府山香線を血の池地獄に向かって230mほど上り、斜め右へ入ってい
くと右手に所在する浄土宗寺院の境内にある浴場です。

正式には「朱湯山 寛徳院 長泉寺」といい、1044(寛徳元)年、重病に
陥った皇太子の親仁親王がこの地に湧く温泉で7日7晩にわたって湯治
を行ったところ見事に完治し、第70代の後冷泉天皇に就いた翌年、宇
留島俊久・藤原貞久に命じて創建。元は柴石温泉の近くに位置してい
ましたが、1967年に現在地に移転したそうです。
浴場は門を入ってすぐ左手にある片流れ屋根の白い小さな小屋で、住
職が設計、家族で造り上げ、1973年から開放されているとのこと。
入浴利用者は本堂の背後にある庫裏で記帳し、お賽銭を納めたうえで
浴場へ向かうようになっています。
別府温泉郷は、伽藍岳(硫黄山・1045.3m)と鶴見岳(1374.5m)という2つの活火山の東麓に湧く、わが国を
代表する温泉地です。

温泉郷内には、“別府八湯”と総称される別府・亀川・柴石・鉄輪・明礬・堀田・観海寺・浜脇という個性
豊かな8か所の温泉地が点在し、掲示用新泉質名として大別される10の泉質のうち、7種類の湯を楽しむこと
ができます。
泉源の数は別府市内で2288孔、湧出量は毎分87550ℓ(『平成30年度 東部保健所報』より)を数え、“泉都”
の名に相応しい日本一の豊富な湯量を誇っています。
湯船には左奥の壁とその手前に置かれた源泉枡から2本のパ
イプが延び、それぞれから高温の源泉と少し冷まされた温泉
が注入されていたほか、奥壁の前にはバケツに汲み置かれた
温泉水が備えられており、これを適宜加えて湯温調整を行う
ようになっています。

龍巻地獄から引湯されているという少し褐色に濁った半透明
の湯からは、弱めながら金気臭が香り、少酸味も感じられま
した。
少し鄙びた感のある湯小屋の雰囲気、高温の源泉に水を一滴
も加えることなく供されている湯遣いがとても素晴らしく、
壁に掛けられた“湯心得”どおりお薬師さまに感謝しつつ、
地獄の湯を満喫させていただきました。    〔11.08.24〕
湯気が籠らないよう扉が開け放
たれた湯小屋を覗くと、中は浴
室と脱衣所が並列する別府らし
い一体型の造り。

右壁にはプラスチック籠5個が
納められた8庫の脱衣箱が設え
られ、脱衣所よりわずかに下が
った石板張りの浴室には、1.75
×1.0m強の石板張りの湯船が
左に寄せて配されています。
柴石温泉は、県道別府山香線(218号)で亀川から鉄輪温泉へ向かう途
中、柴石川の渓流沿いにひっそりと湯けむりを上げる、八湯の中では
最も閑静な山間の温泉です。

奈良時代の『万葉集』や『豊後国風土記』に「赤湯の泉」「玖倍理の
井」と記されている血の池地獄や龍巻地獄が所在し、895(寛平7)年に
醍醐天皇、1044(寛徳元)年に後に後冷泉天皇となる親仁親王が湯治し
たと伝えられる古湯で、江戸時代に柴の化石が発見されたことから、
それまでの藤内という古地名から柴石と呼ばれるようになりました。
40年ほど前には5軒前後の旅館や貸間が存在していたものの、現在、
入浴施設としては市営温泉1か所のみとなっています。
なお、1985年3月には、鉄輪温泉・明礬温泉とともに国民温泉保養地
に指定されています。

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