湯田中渋温泉郷は、下高井郡山ノ内町を流れる横湯川・夜間瀬川とこれに注ぐ角間川の流域に点在する、新
湯田中・湯田中・星川・穂波・安代・渋・角間・上林・地獄谷という9か所の温泉地の総称です。
  住 所   長野県下高井郡山ノ内町平隠2202
  電 話   0269-33-3131
 営業時間   
 入浴料   
温泉利用状況   完全放流式
   
 源 泉 名   金具屋第1ボーリング / 金具屋第2ボーリング /
  金具屋第3ボーリング / 金具屋別荘 /
  鎌倉風呂(荒井河原比良の湯・温泉寺寺の湯
         混合泉)
  泉 質   含硫黄-ナトリウム・カルシウム-塩化物・硫酸塩
  泉 / 含硫黄-ナトリウム・カルシウム-塩化物・硫
  酸塩泉 / ナトリウム・カルシウム-塩化物・硫酸
  塩泉 / ナトリウム・カルシウム-塩化物・硫酸塩
  泉 / ナトリウム・カルシウム-硫酸塩・塩化物泉
 湧出量   51.9 / 66.4 / 20.4 / 7.5 / 20.9  ℓ/min
 泉 温   97.6 / 98.0 / 83.0 / 50.0 / 54.4  ℃
 pH   8.2 / 8.1 / 7.9 / 6.6 / 5.3
 成分総計   1.727 / 1.569 / 1.677 / 1.309 / 1.199 g/㎏
    Li=1.1/Sr=0.5/Na=367.3/K=40.6/Ca=107.4/Mg=0.3/
  Al=痕跡/Mn=0.05(517.3㎎/㎏)
  F=1.3/I=0.6/Br=2.7/Cl=535.5/SO4=314.6/HCO3=50.4/
  CO3=6.0/HS=2.2/S2O3=0.09/HPO4=0.7(914.1㎎/㎏)
  HAsO2=1.56/H2SiO3=216.5/HBO2=76.1(294.2㎎/㎏)
  CO2=0.9/H2S=0.2(1.1㎎/㎏)        〔2008.09.24〕

  Li=0.9/Sr=0.5/Na=322.0/K=36.0/Ca=108.6/Mg=0.3/
  Al=0.1/Fe2=痕跡/Mn=0.04(468.5㎎/㎏)
  F=1.3/I=0.5/Br=2.3/Cl=454.9/SO4=318.5/HCO3=45.6/
  CO3=4.8/HS=2.1/S2O3=0.1/HPO4=0.6(830.7㎎/㎏)
  HAsO2=1.35/H2SiO3=201.8/HBO2=65.8(269.0㎎/㎏)
  CO2=0.9/H2S=0.2(1.1㎎/㎏)
        〔2008.09.24〕

  Li=1.0/Sr=0.5/Na=351.7/K=37.9/Ca=110.7/Mg=0.3/
  Al=0.1/Fe2=痕跡/Mn=0.04(502.3㎎/㎏)
  F=1.4/I=0.6/Br=2.6/Cl=496.5/SO4=344.8/HCO3=49.6/
  HS=0.1/S2O3=2.0/HPO4=1.2(898.8㎎/㎏)
  HAsO2=1.59/H2SiO3=196.6/HBO2=69.3(267.5㎎/㎏)
  CO2=8.0/H2S=痕跡(8.0㎎/㎏)
       〔2008.09.24〕

  Li=0.7/Sr=0.4/Na=243.3/K=28.9/Ca=103.1/Mg=3.2/
  Al=0.2/Fe2=2.6/Zn=痕跡/Mn=0.2(382.6㎎/㎏)
  F=1.6/I=0.4/Br=1.7/Cl=314.8/SO4=362.9/HCO3=21.4/
  HS=痕跡/S2O3=0.2/H2PO4=0.3(703.3㎎/㎏)
  HAsO2=0.50/H2SiO3=157.7/HBO2=47.5(205.7㎎/㎏)
  CO2=17.2/H2S=0.05(17.2㎎/㎏)      〔2008.09.24〕


  Li=0.5/Sr=0.4/Na=193.3/K=40.9/Ca=104.5/Mg=7.5/
  Al=2.5/Fe2=0.5/Zn=痕跡/Mn=0.4(350.5㎎/㎏)
  F=1.0/I=0.3/Br=1.5/Cl=259.5/SO4=377.6/HSO4=0.07/
  HCO3=3.1/H2PO4=0.5(643.6㎎/㎏)
  HAsO2=0.40/H2SiO3=149.4/HBO2=36.4(186.2㎎/㎏)
  CO2=19.1(19.1㎎/㎏)
             〔2008.09.24〕
 入浴履歴   初訪14.06.13 泊
 評 価   ★★★★★★★
 渋温泉
歴史の宿 金具屋
                        しぶおんせん れきしのやど かなぐや
宿泊客それぞれが求めるものの違い
によって評価が分かれるかもしれま
せんが、毎夕・毎朝無料で開催され
る9・8代館主による文化財巡りや源
泉見学ツアーはもちろんのこと、文
化財である斉月楼や大広間をはじめ
各館内の凝った意匠・造作から宮大
工の技術の粋に思いを馳せる館内探
訪はまるでテーマパークの中にいる
ようで、温泉巡りとともに大変満足
しました。      〔15.12.13〕
両開きの扉から2段分下にあるタイル張りの浴室は、かつては「ローマ
風呂」と称されていたこの宿唯一の洋風な造りで、正面と左右の3面に
は美しいステンドグラスのアーチ窓が並び、独特な雰囲気の中で湯浴み
を楽しむことができます。
左壁の手前側に1基だけシャワーカランが設置され、中央にはローマの
噴水を模したという長径3.3m・短径2.7mほどのオーバル形のタイル張
り湯船が配されていました。
浴室は床から壁面のかなり上部までを浅間石の平石で仕上げられ、扉の
前にはシャワーカラン1基、左奥に前辺が亀甲括弧形を呈した幅1.25m、
奥行き1.2mほどの浅間石造りの湯船が配されていました。
カランから加えられてい
る金具屋第1・2ボーリン
グの混合泉はチョロチョ
ロ程度で、わずかに濁り
のあるなまり気味の適温
湯からは、わずかに硫黄
臭が感知できました。
浴場のレイアウ
トは美妙の湯と
ほぼ同様で、平
石張りの脱衣所
には2段の棚が
設えられ、角籠
がそれぞれ2個
ずつ置かれてい
ます。
斉月楼3階のほぼ同じ位置ある貸
切風呂が、“恵和(けいわ)の湯”
です。
浴室の形も横長の長方形で、扉を入ると正面にシャワーカラン1基が設
置され、左奥に径約1.2mの木造りの円形風呂が置かれていました。
階段を上るとすぐ右手にある扉を入ると、
横長長方形の脱衣所には左奥に3段の棚が
設えられ、それぞれに楕円形の籠が備えら
れています。
浴室は床から壁を浅間石で仕上げ、右側に1.45×0.9mほどの木枠で浅
間石造りの湯船が配されていました。

左壁のカランからトボトボと加えられているのは、金具屋第1・2ボーリ
ング。
浴室は平石張りで、壁から天井まで
自然の岩が積み上げられ、その前に
奥行き1.6mほどの洋梨形をした石
造りの湯船が配されていました。

光源が限られていることから室内は
仄暗く、本物の岩窟の中で入浴して
いるような雰囲気が感じられます。
扉を入るとすぐ右手にシャワーカラン1基と温冷カラン一対が並び、中
央に奥行き3.4m弱の瓢箪形をした木造りの湯船が奥寄りに配され、最
奥の岩に孔を穿って設えられた湯口からは、2.4㎞離れた地獄谷の荒井
河原で湧出している共同源泉に温泉寺の寺湯を加えた混合泉がトボトボ
と加えられていました。
両開きの格子扉から3段分低い位置
にある浴室は石板張りで、格子の天
井には網目のような造作が施され、
磨りガラスを通して柔らかな陽が射
し込み、柱に吊り下げられた灯りも
含めてとても風情があります。
再び斉月楼の1階に下り、和予の湯からなまこ壁の廊下を左へ進むと
その奥に位置する大浴場の“鎌倉風呂”へ。

1191(建久2)年に源頼朝が草津から善光寺を詣でる途中に当温泉へ立
ち寄り、入湯したという伝説に因んで1936年に建築された初代が老朽
化したために解体し、1977年に鉄筋造りで建て直された石畳から見る
と斉月荘の左手前に建つ浴堂で、城門のような重厚な木扉を入ると、
正面にレトロな洗面台があり、壁に歯車が埋め込まれた右側には8庫
と12庫の脱衣箱が向かい合って置かれ、それぞれ6・9個の籠が納めら
れていました。
ここにも和予
の湯と同じ混
合泉が供され
ていますが、
屋外でしかも
湯船が広く、
さらに換湯時
に加水されて
いるためか、
無色透明の適
温湯からはわ
ずかに成分臭
が香る程度で、
肌がつるきし
しました。
渋温泉と言えば前述の厄除巡浴外湯巡りが人気を博していますが、この宿には、午前0時で男女入替えとな
る2か所の大浴場と男女別の露天風呂のほか、空いていればいつでも利用可能な5つの貸切風呂を加えた計8
か所の浴場があり、館内でも湯巡りを楽しむことができます。

部屋に荷を置き、大浴場に浸かるべく1階に下りましたが、利用開始の午後3時まではまだ間があり、入口の
前には準備中の表示。
また、利用させていただいた“待月
荘”は、最上階の貴賓室“長生閣”
に泊まる高官の随行者用として造ら
れた部屋ということでしたが、床の
間を有した8畳間に小さいながらも
内縁も付き、十分満足できました。
13本の八間半(約15m)の杉の通し柱を立て、
金具をほとんど使わない木組みによる伝統構
法を採用し、社寺・数寄屋・伽藍建築や遊郭
様式などわが国の伝統建築のあらゆる要素を
盛り込んで建築されたこの建物は、各客室を
1軒の家、廊下を外の風景に見立てて造られ
ており、ベンガラで塗られた紅色の壁、廊下
の床や壁に埋め込まれた木製の歯車、富士山
と月に見立てた階段踊り場の窓など、至る所
に小布施の三田清助棟梁ら当時の宮大工の技
術の粋や発想・遊び心が看取でき、見応え充
分。

不思議な雰囲気を醸し出す館内を見て回るだ
けでも、わくわくするような時間が過ごせま
す。
善光寺の参道と同じ狢郷路山産の安
山岩の敷石が張られた神明の館の玄
関を入ると、松の太い丸太が架け渡
された畳敷きの座敷があり、右側の
帳場で座椅子に座ってチェックイン
を行います。

仲居さんに案内していただいたのは、
背後に控える斉月楼に移って階段で
2階へ上がり、廊下を抜けた先に設
置されているエレベーターで向かう
斉月楼の4階。
江戸から明治・大正時代を通じて旅籠・湯治宿として営業を続けてき
たものの、1927(昭和2)年4月に長野電鉄平隠線の駅として湯田中駅が
開業すると当温泉にも観光客が足を運ぶようになり、これからは湯治
から観光旅館の時代になると考えた6代目館主 西山平四郎氏は、最高
級の旅館を造ろうと地元の宮大工とともに伊豆や箱根を巡り、1933年
から斉月楼・大広間と鎌倉風呂の建設に着工、3年後に完成しました。

戦後の復興が進み、団体客や外国人の利用が増える中、1949年に屋号
を「金具屋ホテル」と変え、翌年には1945年2月の大雪で屋根が損傷
した大広間を再建し、洋風建築を採り入れた浪漫風呂を建造。
1958年には、屋上に露天風呂を備えた鉄筋造りの新本館が竣工しまし
た。
斉月楼 外観
『歴史の宿 金具屋』は、渋大湯から石畳を20mほど下ると右手に所在
する、夜になると温泉街を散策する宿泊客がライトアップされた建物の
前で必ず足を停めて記念撮影を行っている、渋温泉街のランドマークで
もある老舗の温泉旅館です。
渋温泉は、国道292号(志賀草津道路)の佐野角間I.Cから県道宮村湯田
中停車場線(342号)で星川橋を渡り、横湯川の右岸(北岸)を東へ0.9㎞
余り、石畳の緩い坂道沿いを中心に32軒を数える中小規模の温泉宿と
外湯(共同浴場)のほか、飲食店や商店・遊技場などが建ち並ぶ、とて
も情緒のある温泉地です。

奈良時代の神亀年間(724~729)、東国巡錫の折にこの地を訪れた行基
によって発見されたと伝えられ、戦国時代にはいわゆる“信玄の隠し
湯”の一つとして、武田信玄から厚い保護を受けました。
続く江戸時代には、1676(延宝4)年の3代真田幸道の入湯を嚆矢として
歴代の松代藩主も利用するようになり、葛飾北斎や小林一茶・佐久間
象山といった文人墨客も訪れています。

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金具屋第2ボーリング 泉源
金具屋別荘 泉源
真ん中に立っている二段噴水の湯口から流れ落ちているの
は、鍛冶屋から湯宿になったきっかけとなった地下3mで
自噴している金具屋別荘という自家源泉。
湯船に満たされた透明度
35㎝ほどのやや緑色掛か
った灰褐色の濁り湯は適
温で、口に含むと金気臭
と微弱な芒硝臭が感知さ
れ、苦味も感じられまし
た。
翌朝6時前から朝湯として利用し
たのが、潜龍閣の1階にある1950
年に完成したもう一つの浴堂であ
る“浪漫風呂”です。
レトロなタイル張りの洗面台と向
かい合った紅色のガラス戸を入る
と、脱衣所には左壁に4段棚、右
壁にも中央で左右に仕切られた5
段の棚が設えられ、各々10・8個
の角籠が備えられていました。
やはり金具屋第1・2ボー
リングを混合した無色透
明の湯は適温で、底には
埃のような湯の華が見ら
れ、微弱な硫黄臭とつる
きしする肌触りを楽しむ
ことができました。
待月荘のある斉月楼の4階に設け
られているのが、貸切風呂“美妙
(びみょう)の湯”。
無色透明の湯は適温で、
微弱な硫黄臭が感知され
ました。

なお、気が付かなかった
ために利用しませんでし
たが、この浴場には唯一
打たせ湯が付設されてい
るとのことです。
次は、斉月楼の2階にあり、3階へ
上がる階段のすぐ左横に位置して
いる貸切風呂“子安の湯”です。

壁面上半が白く塗られた板張りの
脱衣所には、奥に2段の棚が設え
られ、各段と床に3個の籠が置か
れています。
この浴場で利用されているのは、第1・2ボーリングの2源泉に100mほど
南西の横湯川沿いに建ち、2011年10月に国の登録有形文化財となった旧
“臨泉閣”の地下で湧出している金具屋第3ボーリングを加えた混合泉。

湯船に満たされた無色透明の適温湯からは、微弱ながら硫黄臭が香り、
湯口の下では白色の湯の華が見られました。
4か所目は、居人荘の1階から階段を下りて潜龍閣へ移り、再度階段で2階へ
上って廊下を奥へ進むと突き当たりにある貸切風呂の“岩窟の湯”。

格子扉を開けるとすぐ右横の壁に3段の棚が設えられ、各段に籠が1個ずつ備
えられています。
褐色掛かった
半透明の適温
湯には、少量
ながら綿埃の
ような白い湯
の華が舞い、
弱い金気臭が
香り、肌がし
っとりしまし
た。
浴場は浅間山が噴火した
際に溶岩が固まった浅間
石と呼ばれる黒や朱色の
石を用いた石造りで、周
りは瓦葺きの白塀で画さ
れているものの、背後に
山並みを眺めることがで
き、開放感は十分です。
左手の仕切り壁に温冷カラン一対とシャワーカラン1基が並
び、正面に手前と奥が浅めに造られ、寝湯を楽しむこともで
きるゆったりした楕円形状の湯船が設えられていました。
板張りのフロアの右側が男、左が女
湯の入口となっており、板張りの脱
衣所には、壁に取り付けられたパイ
プスタンドに8個の籠が備えられて
います。
次に利用させていただいたのは、3階で斉月楼から神明の館へ移り、階
段を上ると同館の4階に男女別で設けられている“龍瑞(りゅうずい)露
天風呂”。
雨空のために採光が不十分な仄暗い浴室には、床に歯車が埋
め込まれ、正面右には2基のシャワーカラン、その左に舟形
をした木造りの湯船が配されていました。
左奥の湯口からトボトボ
と加えられているのは、
南東に約350m離れた横
湯川の対岸に湧く自家源
泉である金具屋第1・第2
ボーリングの混合泉。

掻き混ぜると適温となっ
た無色透明の湯は、湯口
で芳ばしい硫黄臭が香り、
肌がしっとりしました。
そこで、通りかかった仲居さんの
お勧めにしたがい、ロビー右横の
廊下を抜けた突き当たり、斉月楼
の1階にある貸切風呂の“和予(わ
よ)の湯”へ向かいます。

木のガラス扉を入ると、脱衣所に
は左手前に6個の角籠を載せた3段
の棚が設えられ、その前には2脚
の丸椅子が備えられています。
居人荘
神明の館
大広間
現在では、1980年に新本館を改装して名を改め、1992年にも大きく手が加え
られた、1階に玄関と帳場、2・3階に客室を3室ずつ擁した鉄筋コンクリート
造り4階建ての“神明の館”、宮崎駿監督のアニメ映画『千と千尋の神隠し』
の「油屋」のモデルの一つとされる入母屋造り鉄板葺きの木造4階建てで、2
~4階に全7室の客室を備えた“斉月楼(さいげつろう)”、モザイクタイルの
階段など洋風な設えを織り交ぜて1954年に改築された木造3階建て・客室数
全5室の“居人荘(きょじんそう)”、1908(明治41)年に玄関から石畳を25m
ほど下った金具屋発祥の場所に建築され、1950年に改修、2001年には善光寺
の宮大工によって客室の改装が行われた、白書院・黒書院という明治後期の
貴賓室を含む11室の客室のある木造2階建ての“潜龍閣(せんりゅうかく)”
という4棟の客室棟のほか、最も山側に斉月楼と同時に建てられ、1950年に
修復された入母屋造り鉄板葺きの木造2階建てで、折り上げ式二重格天井が
見事な167畳の会食場“金具屋大広間(飛天の間)”があり、2003年7月には、
斉月楼と大広間が国の登録有形文化財に登録されています。
斉月楼 階段踊り場(3・4階)
斉月楼 3階
斉月楼 階段踊り場(2・3階)
斉月楼 2階
斉月楼 1階
元々は鍛冶職を営んでいま
したが、1754(宝暦4)年に
裏山の神明山の土砂崩れで
温泉街が埋没し、その復興
中に敷地内から温泉が湧き
出したことから宿屋へ商売
替え。

1758(宝暦8)年、金具を扱
う商売をしていたことから、
松代藩主によって命名され
た“金具屋”の屋号を付し
て「金具屋平四郎」という
名の湯宿を始め、松代藩の
脇本陣となりました。
また、この時代、新しい泉源も次々と発見され、現在では泉源37か
所、1分あたりの湧出量は3100ℓに達しています。

温泉街に点在する9か所の外湯は、2006年から立寄り入浴が可能とな
った渋大湯を除き、地元住民以外では基本的に宿泊客だけが利用可能
となっています。
宿泊客はそれぞれの宿で鍵を借り、350円で購入した巡浴手拭いに各
浴場で朱印を押し、最後に大湯の向かいの高台にある行基ゆかりの渋
高薬師で印受すると満願成就。九(苦)労を流し、厄除になるとされて
おり、手拭い片手に外湯を巡り歩く浴衣姿の宿泊客でいつも大変賑わ
っています。