住 所   長野県下高井郡山ノ内町平隠2038
  電 話   0269-33-2921 (渋温泉旅館組合)
 営業時間   地元住民・宿泊客(6:00~22:00)のみ入浴可
 入浴料   無料
温泉利用状況   完全放流式
   
 源 泉 名   目洗の湯・ガニ沢の湯 混合泉
  泉 質   ナトリウム・カルシウム-硫酸塩・塩化物泉
 湧出量       ℓ/min
 泉 温   52.5 ℃
 pH   7.6
 成分総計   1.133 g/㎏
    Li=0.6/Sr=0.5/Na=189.2/K=19.6/Ca=115.6/Mg=3.4/
  Al=0.02/NH4=0.1/Mn=0.06(329.1㎎/㎏)
  F=1.0/I=0.2/Br=1.3/Cl=241.7/SO4=348.5/HCO3=40.7/
  N03=0.3/HPO4=0.6(634.3㎎/㎏)
  HAs02=0.8/H2Si03=126.6/HBO2=34.4(161.8㎎/㎏)
  C02=7.7(7.7㎎/㎏)
           〔2006.06.28〕
 入浴履歴   初訪08.04.19,最終13.03.31(4回目)
 評 価   ★★★★★★
 渋温泉
目 洗 の 湯
                            しぶおんせん めあらいのゆ
ガラス扉を開けて入った浴室は、奥壁こそ煉瓦積みであるものの、湯船
と床はすべて木造りで、風情たっぷり。
磨りガラスとなった仕切り壁際には、3.4×1.4mほどの細長い湯船が奥
に寄せて置かれていました。
左奥の木樋からドボドボと掛け流されている無色透明な湯からは、ほか
の浴場では感じられなかった芳ばしい匂い(石膏臭?)が香り、湯の中で
は大きな白い湯の華がたくさん見られました。
代わる代わる入浴客が訪れているにもかかわらず、湯は清澄なまま。
謂れを信じて、思わず目を洗ってしまいました。


初めて渋温泉を訪れた際、笹の湯の向かいにある豊田屋のおばさんから
「どこかに浸かるなら六と九」と強く勧められた六番湯。
趣のある浴場のみならず、柔らかく爽やかな浸かり心地からも、十分納
得いたしました。                   〔10.08.21〕
続く江戸時代には、1676(延宝4)年の3代真田幸道の入湯を嚆矢と
して歴代の松代藩主も利用するようになり、葛飾北斎や小林一茶
・佐久間象山といった文人墨客も訪れています。
また、この時代、新しい泉源も次々と発見され、現在では泉源37
か所、1分あたりの湧出量は3100ℓに達しています。

温泉街に点在する9か所の外湯は、2006年から立寄り入浴が可能
となった渋大湯を除き、地元住民以外では基本的に宿泊客だけが
利用可能となっています。
宿泊客はそれぞれの宿で鍵を借り、300円で購入した巡浴手拭い
に各浴場で朱印を押し、最後に大湯の向かいの高台にある行基ゆ
かりの渋高薬師で印受すると満願成就。九(苦)労を流し、厄除に
なるとされており、手拭い片手に外湯を巡り歩く浴衣姿の宿泊客
でいつも大変賑わっています。
湯田中渋温泉郷は、下高井郡山ノ内町を流れる横湯川・夜間瀬川とこれに注ぐ角間川の流域に点在する、新
湯田中・湯田中・星川・穂波・安代・渋・角間・上林・地獄谷という9か所の温泉地の総称です。

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『目洗の湯』は、八番湯の東で枡形道路のようにクランク状に屈曲する
曲がり角から、石畳の緩やかな坂を110mほど上ると左手に所在する厄
除巡浴外湯めぐりの六番湯です。
目を洗って眼病を癒したことからその名が付けられ、美肌に効果がある
ことから“美人の湯”とも呼ばれているそうです。

浴舎は屋根の上に小さな湯気抜きを載せたコンクリート造りで、表側の
外壁は落ち着いた薄紅色に塗られ、左右両端に分かれた入口扉の間には
格子が嵌められています。
浴場は、全体に幅狭で奥に長い造り。手前にある脱衣所には、10庫の脱
衣箱が備えられていました。
渋温泉は、国道292号(志賀草津道路)の佐野角間I.Cから県道宮村湯田中停車場線(342号)で星川橋を渡り、
横湯川の右岸(北岸)を東へ0.9㎞余り、石畳の緩い坂道沿いを中心に32軒を数える中小規模の温泉宿と外湯
(共同浴場)のほか、飲食店や商店・遊技場などが建ち並ぶ、とても情緒のある温泉地です。

奈良時代の神亀年間(724~729)、東国巡錫の折にこの地を訪れた行基によって発見されたと伝えられ、戦国
時代にはいわゆる“信玄の隠し湯”の一つとして、武田信玄から厚い保護を受けました。