住 所   長野県茅野市豊平4734
  電 話   0266-67-2128
 営業時間   立寄り 11:00~16:00
 入浴料   1500円
温泉利用状況   完全放流式
   
 源 泉 名   奥蓼科温泉 渋鉱源泉
  泉 質   単純酸性泉
 湧出量       ℓ/min
 泉 温   21.2  ℃
 pH   2.9
 成分総計   1.027 g/㎏
    H=1.3/Li=0.3/Sr=0.1/Na=58.6/K=16.4/Ca=13.7/
  Mg=5.6/Al=5.3/Fe2=0.3/Zn=痕跡/Ba=痕跡/Mn=1.2
  (102.8㎎/㎏)
  F=0.3/Cl=95.2/SO4=156.5/HSO4=6.6/HS=痕跡/
  H2PO4=0.7(259.3㎎/㎏)
  H2SO4=痕跡/H2Si03=72.1/HBO2=6.3(78.4㎎/㎏)
  CO2=586.0/H2S=0.4(586.4㎎/㎏)
    
〔1996.01.17〕
 入浴履歴   初訪09.07.18
 評 価   ★★★★★★★
 渋温泉
澁・辰 野 館
                          しぶおんせん しぶ・たつのかん
初訪の今回、大半の時間を
過ごしたのが、泉温21℃の
冷泉をそのまま堪能できる
信玄の薬湯。

風情たっぷりの木造の浴室
には、一番手前に飲泉用の
小浴槽、真ん中に源泉を打
たせ湯のように注ぐ源泉浴
槽、その奥に源泉を40℃以
上に加温した浴槽が配され
ています。
左手のフロントで立寄り入浴を申し入れ、記名をして2階の左奥に設け
られた浴場へ向かいます。

浴場は3か所あり、天然の湧き水を加温し、石鹸類も使用できる“強清
水の湯”、薬効豊かな湯とともに森林浴も楽しむことができる“森の
湯”、そして“信玄の薬湯”が手前から順に設けられています。
入口は太い柱と横架材にガラスを
嵌めた門のような堂々とした造り
で、右横には“信玄の薬湯 澁・
辰野館”と書かれた立派な表札が
立っています。

二重のガラス戸を抜けると、正面
の大きなガラス越しに白樺の木立
が眺められる吹抜けのロビーがあ
り、手前に鹿の剥製がお出迎え。
『澁・辰野館』は、中央自動車道諏訪I.Cから国道20号諏訪バイパスと国道152号を経由して蓼科高原方面へ
向かい、堀交差点から“湯みち街道”と呼ばれている県道渋の湯堀線(191号)を11.6㎞ほど上った左手、北
八ヶ岳連峰西麓の20万坪という広大な敷地の中に所在する奥蓼科温泉郷渋温泉の一軒宿です。

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あいにくの梅雨空とはいえ、7月後半ともなれば爽快な湯浴みが楽しめるであろうと目論んでいた源泉風呂
は、標高1700mの高所に立地し、加えて湯量豊富で鮮度十分ということもあってかなり冷たく、到底長湯は
叶いませんでした。

1500円という入浴料の高さは玉に瑕ですが、噂に違わず、その金額に十分見合うインパクトの強い薬湯でし
た。                                         〔11.03.11〕
白い湯の華が多量に舞う青白濁した湯からは、焦げ硫黄臭がほんのり香
り、レモン汁を少し薄くしたような酸味が感じられました。
湯壺と呼ばれる各湯船は深さが90㎝と深く、中腰での入浴を余儀なくさ
れますが、これは薬効の強い湯に長湯することを防ぐための措置とのこ
とです。
強清水の湯
森の湯 内湯
森の湯 露天
渋川を2㎞ほど遡上した渋の湯の近くに湧く源泉は、783(延暦2)年、
諏訪神社の神官の霊夢によって発見され、武田信玄が信濃侵攻への
近道として八ヶ岳の南から西麓に軍用道路「信玄の棒道」を開発し
た際にその薬効に驚き、傷兵の湯治に利用したいわゆる“信玄の隠
し湯”と伝えられる温泉で、大国主命とともに国づくりを行ったと
して『古事記』にも登場する少名毘古那神によって発見されたとい
う言い伝えも残されています。
また、湯の華は霊薬として古くから重宝され、江戸中期からは湯を
樽に詰めて薬用として販売していたそうです。

宿の創業は1887(明治20)年。
部屋数が100を超える大規模な宿であったとのことですが、1937年
に焼失し、現在地に建て替えられました。