住 所   長野県下高井郡山ノ内町大字平隠2034-5
  電 話   0269-33-5730
 営業時間   2009 休業
 入浴料   500円
温泉利用状況   完全放流式
   
 源 泉 名   荒井河原比良の湯・薬師の湯 混合泉
  泉 質   ナトリウム・カルシウム-硫酸塩・塩化物泉
 湧出量       ℓ/min
 泉 温   68.0 ℃
 pH   4.2
 成分総計       g/㎏
 





 入浴履歴   初訪08.04.20
 評 価   ★★★★★★
 渋温泉
薬湯 信玄竈風呂
                   しぶおんせん やくとう しんげんかまぶろ
続く江戸時代には、1676(延宝4)年の3代真田幸道の入湯を嚆矢と
して歴代の松代藩主も利用するようになり、葛飾北斎や小林一茶
・佐久間象山といった文人墨客も訪れています。
また、この時代、新しい泉源も次々と発見され、現在では泉源37
か所、1分あたりの湧出量は3100ℓに達しています。

温泉街に点在する9か所の外湯は、2006年から立寄り入浴が可能
となった渋大湯を除き、地元住民以外では基本的に宿泊客だけが
利用可能となっています。
宿泊客はそれぞれの宿で鍵を借り、350円で購入した巡浴手拭い
に各浴場で朱印を押し、最後に大湯の向かいの高台にある行基ゆ
かりの渋高薬師で印受すると満願成就。九(苦)労を流し、厄除に
なるとされており、手拭い片手に外湯を巡り歩く浴衣姿の宿泊客
でいつも大変賑わっています。
浴場は右が男湯、左が女湯で、脱衣所の先に床・湯船とも檜で造ら
れた上がり湯用の小ぢんまりとした内湯があり、その奥が竈風呂と
なっていました。
竈風呂の内部は、白壁のカマクラ状。床にはビニール製の筵が敷か
れ、籐製の枕も備えられています。
一般的なドライサウナほど室温は高くはなく、さほど息苦しさも感
じませんが、床に寝そべっているとじんわりと汗ばみ、しばらくす
ると身体の下がかなり熱くなってきました。

一方、内湯の湯船を満たした湯からは、少し強めの金気臭が感じら
れたものの、朝一番ということもあって湯温は激熱で、加水しなが
ら身体の汗を洗い流すのが精一杯でした。
この厄除巡浴外湯めぐりの番外湯とされているのが、温泉街の東の外れ、温泉寺の境内にある『薬湯 信玄
竈風呂』です。

横湯山温泉寺は、1305(嘉元3)年、巡錫の途上にこの地を訪れた臨済宗の大本山東福寺の虎関禅師が草庵を
建てたのが始まりとされ、1556(弘治2)年に佐久郡前山の貞祥寺住持 節香徳忠禅師によって曹洞宗寺院とし
て再興されました。
湯田中渋温泉郷は、下高井郡山ノ内町を流れる横湯川・夜間瀬川とこれに注ぐ角間川の流域に点在する、新
湯田中・湯田中・星川・穂波・安代・渋・角間・上林・地獄谷という9か所の温泉地の総称です。
同じような和式のサウナでは、和歌山県湯の峰温泉の旅館あずまやのむし湯に軍配が上がりますが、こちら
はこちらでそれなりに面白い入浴体験となりました。                   〔10.08.24〕
1564(永禄7)年には、武田信玄が永楽銭70貫文を寄進し、安堵状を出
してその発展を奨励したことから、寺では信玄を開基とし、武田氏の
家紋である四つ割菱(武田菱)を寺紋に使用しています。

信玄竈風呂は、信玄が川中島の戦いで負傷した将兵をこの地の湯で療
養させたという故事に因み、1984年に信玄を偲んで東福寺の竈風呂を
模して造られた、温泉熱を利用した蒸し風呂です。
天川橋横の駐車場から石段を登っていくと、左手に白壁瓦葺きの社務
所のような平屋建物があり、そこで入浴料を支払って地下に設けられ
た浴場へ向かいます。
渋温泉は、国道292号(志賀草津道路)の佐野角間I.Cから県道宮村湯田中停車場線(342号)で星川橋を渡り、
横湯川の右岸(北岸)を東へ0.9㎞余り、石畳の緩い坂道沿いを中心に32軒を数える中小規模の温泉宿と外湯
(共同浴場)のほか、飲食店や商店・遊技場などが建ち並ぶ、とても情緒のある温泉地です。

奈良時代の神亀年間(724~729)、東国巡錫の折にこの地を訪れた行基によって発見されたと伝えられ、戦国
時代にはいわゆる“信玄の隠し湯”の一つとして、武田信玄から厚い保護を受けました。

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