住 所   長野県下高井郡山ノ内町平隠2054
  電 話   0269-33-3225
 営業時間   立寄り 10:00~15:00
 入浴料   500円
温泉利用状況   完全放流式
   
 源 泉 名   荒井河原比良の湯
  泉 質   ナトリウム・カルシウム-硫酸塩・塩化物泉
 湧出量       ℓ/min
 泉 温   75.7 ℃
 pH   4.3
 成分総計   1.196 g/㎏
    H=0.1/Na=176.1/K=18.6/Ca=109.0/Mg=10.1/Fe2=1.4/
  Mn=0.5(318.6㎎/㎏)
  F=0.9/Cl=250.1/HSO4=0.6/SO4=375.7/HPO4=0.2
  (627.5㎎/㎏)
  HAs02=0.4/H2Si03=140.1/HBO2=58.7(199.2㎎/㎏)
  C02=51.0(51.0㎎/㎏)          
〔1998.11.05〕
 入浴履歴   初訪12.05.25
 評 価   ★★★★
 渋温泉
白 銀 屋 旅 館
                        しぶおんせん しろがねやりょかん
うっすら白濁した少し熱めの透明湯からは、金気を帯びた焦げ臭と少酸
味、痕跡的ながら塩味が感じられ、湯に浸かると肌がしっとりしました。
また、湯の中では綿埃のような白い湯の華が多く舞い、加えて湯船の底
には砂埃のような褐色の湯の華が沈殿していました。


温泉以上に印象に残ったのは、若女将の気配りの行き届いた応接振り。
浴場を出たところには冷たいお茶も用意されており、機会があれば一度
泊まってみたいという想いを抱かされた好感度の高い湯宿でした。
                           〔13.03.24〕
「どちらでもお好きな方を貸切でご
利用ください」というお勧めにした
がい、相対的に湯船が大きく、湯温
も低めという男湯を利用させていた
だきました。

脱衣所は奥行きのない横長の長方形
を呈し、左奥には7個の籠を備えた6
庫の脱衣箱が設えられ、その手前に
小さな腰掛けが置かれていました。
旅籠を想わせる情緒のある建物は、奥行きの長い木造の2階建てで、
客室は全10室。
館内は時代を感じさせる造りながらきちんと清掃が行き届き、右端の
階段の背後には立派な五月人形が飾られていました。
左手前に帳場があり、応対に出てこられた若女将に立寄り入浴をお願
いすると、快く応じて下さいました。

浴場は帳場の前から奥へ延びる廊下を進み、いったん4段分ほど下が
ると左手に設けられており、手前が女湯、奥が男湯となっています。
続く江戸時代には、1676(延宝4)年の3代真田幸道の入湯を嚆矢と
して歴代の松代藩主も利用するようになり、葛飾北斎や小林一茶
・佐久間象山といった文人墨客も訪れています。
また、この時代、新しい泉源も次々と発見され、現在では泉源37
か所、1分あたりの湧出量は3100ℓに達しています。

温泉街に点在する9か所の外湯は、2006年から立寄り入浴が可能
となった渋大湯を除き、地元住民以外では基本的に宿泊客だけが
利用可能となっています。
宿泊客はそれぞれの宿で鍵を借り、300円で購入した巡浴手拭い
に各浴場で朱印を押し、最後に大湯の向かいの高台にある行基ゆ
かりの渋高薬師で印受すると満願成就。九(苦)労を流し、厄除に
なるとされており、手拭い片手に外湯を巡り歩く浴衣姿の宿泊客
でいつも大変賑わっています。
湯田中渋温泉郷は、下高井郡山ノ内町を流れる横湯川・夜間瀬川とこれに注ぐ角間川の流域に点在する、新
湯田中・湯田中・星川・穂波・安代・渋・角間・上林・地獄谷という9か所の温泉地の総称です。

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浴室も横長の平面形で、壁面腰下を煉瓦調タイル、床を御影石の石板で
仕上げた、何となくレトロな雰囲気が感じられる造りとなっています。
左側の仕切り壁の前にシ
ャワーカラン1基を備え、
中央には御影石で縁取っ
た2.4m強×1.25mほど
の水色タイル張り湯船が
奥壁に寄せて配されてい
ました。

御影石の石板を重ねて設
えられた正面中央の湯口
からトボトボと掛け流さ
れているのは、渋温泉の
主力源泉である荒井河原
比良の湯。
『白銀屋旅館』は、渋大湯から石畳
の目抜き通りを南東へ約70m、枡形
道路のようにクランク状に屈曲する
角から15mほど上ると右手に所在す
る純和風の温泉旅館です。

立寄り入浴に応じていただけそうな
宿を求めて温泉街を散策していたと
ころ、出格子の右横に「日帰り入浴
できます」という小さな案内札が下
げてあったことから、訪問すること
にしました。
渋温泉は、国道292号(志賀草津道路)の佐野角間I.Cから県道宮村湯田中停車場線(342号)で星川橋を渡り、
横湯川の右岸(北岸)を東へ0.9㎞余り、石畳の緩い坂道沿いを中心に32軒を数える中小規模の温泉宿と外湯
(共同浴場)のほか、飲食店や商店・遊技場などが建ち並ぶ、とても情緒のある温泉地です。

奈良時代の神亀年間(724~729)、東国巡錫の折にこの地を訪れた行基によって発見されたと伝えられ、戦国
時代にはいわゆる“信玄の隠し湯”の一つとして、武田信玄から厚い保護を受けました。