住 所   長野県下高井郡山ノ内町平隠2052
  電 話   0269-33-2165
 営業時間   立寄り 11:00~15:00 (要確認)
 入浴料   500円
温泉利用状況   完全放流式
   
 源 泉 名   石の湯第1ボーリング
  泉 質   含硫黄-ナトリウム・カルシウム-塩化物・硫酸
  塩泉
 湧出量       ℓ/min
 泉 温   96.4  ℃
 pH   8.1
 成分総計   1.844 g/㎏
    Li=1.3/Sr=0.4/Na=406.6/K=48.9/Ca=47.8/Mg=0.4/
  Al=痕跡/NH4=0.1/Mn=0.06(555.5㎎/㎏)
  F=1.6/Br=2.8/Cl=602.5/SO4=271.5/HCO3=58.6/
  CO3=6.0/HS=2.1(945.9㎎/㎏)
  HAsO2=2.2/H2SiO3=251.7/HBO2=88.8(342.7㎎/㎏)
  H2S=0.2(0.2㎎/㎏)
            
〔2006.06.09〕
 入浴履歴   初訪13.03.30
 評 価   ★★★★ (暫定)
 渋温泉
眞田家旧本陣 つばたや
                  しぶおんせん さなだけきゅうほんじん つばたや
続く江戸時代には、1676(延宝4)年の3代真田幸道の入湯を嚆矢と
して歴代の松代藩主も利用するようになり、葛飾北斎や小林一茶
・佐久間象山といった文人墨客も訪れています。
また、この時代、新しい泉源も次々と発見され、現在では泉源37
か所、1分あたりの湧出量は3100ℓに達しています。

温泉街に点在する9か所の外湯は、2006年から立寄り入浴が可能
となった渋大湯を除き、地元住民以外では基本的に宿泊客だけが
利用可能となっています。
宿泊客はそれぞれの宿で鍵を借り、350円で購入した巡浴手拭い
に各浴場で朱印を押し、最後に大湯の向かいの高台にある行基ゆ
かりの渋高薬師で印受すると満願成就。九(苦)労を流し、厄除に
なるとされており、手拭い片手に外湯を巡り歩く浴衣姿の宿泊客
でいつも大変賑わっています。
無色透明の少し熱めの湯からは、弱
い焦げ臭に加えて甘い香りと極薄の
塩味が感じられ、肌が少しつるきし
しました。

各種サイトでは、別の中庭に設けら
れている大正時代末期に建造された
湯屋建築の家族風呂の評判がとても
高く、次回は何としても泊まりで訪
れ、入湯を果たしたいと思います。
           〔14.01.08〕
タイル張りの浴室は、三方にアーチ窓が配された趣のある洋風な造り
で、右奥にシャワーカラン2基と温冷カラン一対が鉤形に並び、左奥
には最大幅2.8m強、奥行き1.9mほどの変形五角形のタイル張り湯船
が、湯気抜きを覆った波板から射し込んだ陽に照らされて神々しく鎮
座していました。
浴場は男女別の浴場と宿泊客専用という
総檜造りの家族風呂があり、訪れた時は、
階段の奥に設えられたガラス張りの小庭
の背後を左へ折れると突き当たりにある
男湯を貸切利用させていただきました。
渋温泉は、国道292号(志賀草津道路)の佐野角間I.Cから県道宮村湯田中停車場線(342号)で星川橋を渡り、
横湯川の右岸(北岸)を東へ0.9㎞余り、石畳の緩い坂道沿いを中心に32軒を数える中小規模の温泉宿と外湯
(共同浴場)のほか、飲食店や商店・遊技場などが建ち並ぶ、とても情緒のある温泉地です。

奈良時代の神亀年間(724~729)、東国巡錫の折にこの地を訪れた行基によって発見されたと伝えられ、戦国
時代にはいわゆる“信玄の隠し湯”の一つとして、武田信玄から厚い保護を受けました。
湯田中渋温泉郷は、下高井郡山ノ内町を流れる横湯川・夜間瀬川とこれに注ぐ角間川の流域に点在する、新
湯田中・湯田中・星川・穂波・安代・渋・角間・上林・地獄谷という9か所の温泉地の総称です。

トップページへ



長野県の温泉へ



左奥に人頭大ほどの礫を
組んで設えられた源泉溜
まりから樋を伝ってトボ
トボと加えられているの
は、かめや旅館や金喜ホ
テルでも利用されている
石の湯第1ボーリングと
呼ばれる含食塩石膏-硫
黄泉。
小ぢんまりした脱衣所には、11個
の籠が納められた4段の棚が設え
られ、その左手前には木造りの腰
掛けが備えられています。
両側に鉢植えが置かれたガラス戸
の玄関を入ると、欅や梅・樅・松
などの銘木を使用して戦後に改装
された磨き抜かれた板張りのロビ
ーの左手に帳場があり、応対に出
て来られた若女将に立寄り入浴を
お願いしたところ、「時間を気に
なさらずにゆっくりと浸かって下
さい」と丁寧なご案内をいただき
ました。
『眞田家旧本陣 つばたや』は、温泉街の中心に位置する渋大湯から南東へ60m余り、鍵の手に折れ曲がっ
た石畳の右角に所在する創業約280年の老舗旅館です。
1843(天保14)年、大沼池に堤を築き、20年近い歳月をかけて導水路工事
を行うなど、私財を投げ打って沓野村の灌漑に尽力した3代目当主の忠
右衛門の功績により、松平定信の次男で松代藩の8代藩主を務めた真田
幸貫から本陣に指定され、名字帯刀を許されたという歴史を有し、近代
には、夏目漱石・若山牧水などの文人や徳川・黒田・蜂須賀・真田とい
った爵位を授与された旧藩主も多数宿泊しています。

明治時代初期に建てられたという1階の側面を格子で飾り、2階に手すり
を巡らした風情のある木造入母屋造りの建物は、木造の湯宿が比較的多
く残る渋温泉の中でも最も古いもので、客室は全6室を数えます。