住 所   長野県下高井郡山ノ内町平隠2070
  電 話   0269-33-2817
 営業時間   立寄り 要確認
 入浴料   500円
温泉利用状況   完全放流式
   
 源 泉 名   渋温泉総合源泉(荒井河原比良の湯・薬師の湯
             及びとんびの湯 混合)
  泉 質   ナトリウム・カルシウム-硫酸塩・塩化物泉
 湧出量       ℓ/min
 泉 温   57.7 ℃
 pH   4.0
 成分総計   1.204 g/㎏
    H=0.1/Li=0.4/Sr=0.4/Na=169.5/K=18.8/Ca=104.4/
  Mg=16.9/Al=8.4/Fe2=6.5/Zn=0.06/Mn=0.8(326.3㎎/㎏)
  F=1.3/I=0.3/Br=1.2/Cl=214.0/SO4=436.8/HSO3=1.47/
  H2PO4=0.8(676.1㎎/㎏)
  HAs02=0.5/H2Si03=145.1/HBO2=32.2(177.8㎎/㎏)
  C02=44.4(44.4㎎/㎏)
           
〔2006.06.09〕
 入浴履歴   初訪08.04.19 泊
 評 価   ★★★★
 渋温泉
若 木 屋 旅 館
                         しぶおんせん わかきやりょかん
湯田中渋温泉郷は、下高井郡山ノ内町を流れる横湯川・夜間瀬川とこれに注ぐ角間川の流域に点在する、新
湯田中・湯田中・星川・穂波・安代・渋・角間・上林・地獄谷という9か所の温泉地の総称です。

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続く江戸時代には、1676(延宝4)年の3代真田幸道の入湯を嚆矢と
して歴代の松代藩主も利用するようになり、葛飾北斎や小林一茶
・佐久間象山といった文人墨客も訪れています。
また、この時代、新しい泉源も次々と発見され、現在では泉源37
か所、1分あたりの湧出量は3100ℓに達しています。

温泉街に点在する9か所の外湯は、2006年から立寄り入浴が可能
となった渋大湯を除き、地元住民以外では基本的に宿泊客だけが
利用可能となっています。
宿泊客はそれぞれの宿で鍵を借り、300円で購入した巡浴手拭い
に各浴場で朱印を押し、最後に大湯の向かいの高台にある行基ゆ
かりの渋高薬師で印受すると満願成就。九(苦)労を流し、厄除に
なるとされており、手拭い片手に外湯を巡り歩く浴衣姿の宿泊客
でいつも大変賑わっています。
渋温泉は、国道292号(志賀草津道路)の佐野角間I.Cから県道宮村湯田中停車場線(342号)で星川橋を渡り、
横湯川の右岸(北岸)を東へ0.9㎞余り、石畳の緩い坂道沿いを中心に32軒を数える中小規模の温泉宿と外湯
(共同浴場)のほか、飲食店や商店・遊技場などが建ち並ぶ、とても情緒のある温泉地です。

奈良時代の神亀年間(724~729)、東国巡錫の折にこの地を訪れた行基によって発見されたと伝えられ、戦国
時代にはいわゆる“信玄の隠し湯”の一つとして、武田信玄から厚い保護を受けました。
『若木屋旅館』は、厄除巡浴外湯めぐりの七番湯 七操の湯の斜め向かいに所在する木造3階建ての温泉旅館
で、渋温泉を初めて訪れた際に宿泊利用させていただきました。

女将さんがほぼお一人で切り盛りされている客室数5室の小ぢんまりした家庭的なお宿ですが、もともと畳
屋を営んでおられたということもあって、利用させていただいた部屋は小綺麗で清潔そのもの。
また、女将手造りの料理は決して豪華さはないものの、一品一品がいろいろと工夫が凝らされていて、質量
ともに大満足でした。
親戚の家にでも来たようなアットホームな宿。宿泊料金も1泊2食付きで7500円とリーズナブルであり、ぜひ
また利用したいと思います。                              〔10.08.23〕
浴場は1階の突き当りの左手に2室。いずれもさほど大きくはありま
せんが、奥壁の真ん中には1.7×1.15mほどの木造りの湯船が配さ
れ、三方の床には板が簀子状に敷き並べられていました。

高温のために左奥の湯口から少量ずつ掛け流されているのは、1818
年に発見され、渋温泉の旅館や外湯の多くに引湯されている3本の
源泉を混合した共同源泉。
わずかに褐色に濁った湯からは、芒硝っぽい湯の香とともに弱い金
気臭と鉄錆味が感じられました。
外湯めぐりに奔走していたため、この湯を利用したのは就寝前の一
度きりとなってしまいましたが、そうでなければ何度でも浸かりた
い、そんな気持ちを抱かせてくれた良泉でした。