住 所   群馬県吾妻郡中之条町四万4400-27
  電 話   0279-64-2810
 営業時間   2018.03.31 閉鎖
 入浴料   400円
温泉利用状況   完全放流式
   
 源 泉 名   湯の泉の湯
  泉 質   単純温泉
 湧出量        ℓ/min
 泉 温   39.1  ℃
 pH   8.5
 成分総計   0.95  g/㎏
    Na=100/K=3.30/Ca=176/Mg=0.21/Al=<0.05/
  Fe2=<0.01/Mn=<0.005(280㎎/㎏)
  F=0.7/Cl=31.5/SO4=588/HCO3=3.7/CO3=6.0
  (630㎎/㎏)
  H2SiO3=39.7/HBO2=1.2(40.9㎎/㎏)
  〔2010.01.21〕
 入浴履歴   初訪14.11.02
 評 価   ★★★★
 四万温泉
四万こしきの湯
                            しまおんせん しまこしきのゆ
浴室はタイル張りで、柵越しに湖に臨んだ正面がガラス張りとなってお
り、採光は良好です。
右壁にシャワーカラン3基が並び、左奥に寄せて御影石で縁取った2.6m
弱×2.0m弱の石板張りの湯船が配されています。

奥壁に設えられた石造りの湯口から静かに注がれているのは、2004年12
月に閉鎖された野湯「湯の泉」から引湯されたアルカリ性単純温泉。
脱衣所はフローリングの簡素な造り
で、左手前にボウル2基の洗面カウ
ンターが設置され、正面左に籐製の
角籠を納めた12庫の脱衣箱、右壁の
前に木製の腰掛けが備えられていま
した。
『四万こしきの湯』は、四万温泉街
の最奥、新潟県湯沢町までは不通区
間となる国道353号の群馬県側の北
端に位置する四万川ダムによって堰
き止められてできた周囲4㎞の人造
湖 奥四万湖の南西の湖畔に所在す
る、1999年7月に開業した「四万せ
せらぎ資料館」というダム資料館に
併設されている町営の日帰り入浴施
設です。
四万温泉は、国道145号の伊勢町上交差点から国道353号で北へ約14km、
1500m級の山々に囲まれた四万川とその支流である日向見川・新湯川沿
いに36軒の旅館・ホテルが建ち並ぶ温泉地で、草津温泉・伊香保温泉と
並んで“上州三名湯”と呼ばれています。

延暦年間(782~806)に蝦夷征討の際に立寄った坂上田村麻呂が発見した
とも、989(永延3)年頃、越後から上野国へ越えてきた源頼光の四天王の
1人である碓氷日向守貞光が、夜中読経を行っていたところ、夜半にど
こからともなく現われた童子が「汝が読経の誠心に感じて四万の病悩を
治する霊泉を授ける。我はこの山の神霊なり。」という神託を授け、お
告げのとおりに発見されたその温泉を“御夢想の湯”、その地を“四万
郷”と名付けたとも伝えられています。

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風情などは望むべくもない飾りっ気のない浴場でしたが、鮮度良好な掛け流し湯を独占浴で満喫することが
でき、満足度の高い初入湯となりました。                        〔15.11.28〕
適温となった
無色透明の清
澄な湯からは、
石膏っぽい甘
い湯の香と弱
渋味が感じら
れ、肌がしっ
とりして良く
温まりました。
建物は公共施設らしい公民館のよ
うな切妻造りの平屋建てで、手前
側の妻側に設けられている自動ド
アの入口を入るとすぐ右手に受付
があり、入浴料を直接支払って浴
場へ向かいます。

浴場の入口は受付のすぐ奥に位置
しており、上に扁額が掲げられた
暖簾を潜ると右が男、左が女湯に
分かれています。
戦国時代には、関東管領であった上杉憲政(1523~1579)が度々訪れ、
1563(永禄6)年に武田信玄方の真田幸隆の攻めを受けた岩櫃城主 斎藤
基国の家臣で、落城の際のしんがりを務めた田村甚五郎清政が、この
地に留まって湯屋を設置。真田昌幸もその孫である田村彦左衛門に湯
守を命じ、整備に力を入れたそうです。
17世紀後半になると湯治場として広く知られるようになり、大正時代
後半からは長期滞在型の利用が増加。与謝野晶子や高村光太郎・太宰
治といった文人も訪れていたとのことです。

温泉街は奥から日向見・ゆずりは・新湯・山口・温泉口という5つの
地区に分かれ、1954年には酸ケ湯温泉・日光湯本温泉とともに国民保
養温泉地の第1号に指定されています。