住 所   群馬県吾妻郡中之条町四万4345
  電 話   0279-64-2031
 営業時間   立寄り 12:30~17:00
 入浴料   600円
温泉利用状況   完全放流式 (内湯は放流循環併用式,塩素系
           薬剤 使用)
   
 源 泉 名   湯の泉の湯・山鳥の湯 混合泉
  泉 質   カルシウム・ナトリウム-硫酸塩泉
 湧出量       ℓ/min
 泉 温   49.4  ℃
 pH   8.5
 成分総計   1.05  g/㎏
    Na=104/K=3.52/Ca=203/Mg=0.14/Al=<0.05/
  Fe2=<0.01/Mn=0.006(311㎎/㎏)
  F=0.7/Cl=33.2/SO4=651/HCO3=7.2(692㎎/㎏)
  H2SiO3=49.5/HBO2=1.0(50.5㎎/㎏)
                   〔2005.02.14〕
 入浴履歴   初訪14.09.27
 評 価   ★★★★★★
 四万温泉
国民宿舎 四万ゆずりは荘
               しまおんせん こくみんしゅくしゃ しまゆずりはそう
こちらは完全放流式の湯使いで、側面の岩の間から新湯が注
がれ、左奥に設えられた溝状の湯尻から溢れ出し、左端の排
水口に吸い込まれていました。

両湯船に利用されているのは、2本の源泉を混合した含芒硝-
石膏泉。
湯加減は内湯が適温、露天が少しぬるめ寄りの適温といった
ところで、無色透明の湯からはわずかながら甘い湯の香と微
渋味が感じられ、肌がきしきししましたが、湯の力強さとい
った点ではやや物足りなさが残りました。


衛生管理のために塩素系薬剤も使用されているとのことでし
たが、浴室に入った瞬間には塩素臭が感知されたものの、幸
いなことに浴槽内ではほとんど気にならず、ゆったりした気
分で独占浴を楽しませていただきました。   〔15.11.15〕
一方、左側手
前から外へ出
ると、四万川
に臨んで“ひ
のきの湯”と
名付けられた
屋根付きの半
露天があり、
中央に略楕円
形を呈した石
造りの湯船が
設えられてい
ます。
右手前から右壁にパーテーションで区切られた5基のシャワ
ーカランが並び、正面には手前と右辺を角材で縁取り、側面
とステップを水色タイル、底を緑色掛かった凝灰岩の石板で
仕上げた幅4.25m弱の逆台形の湯船が左奥に寄せて配されて
いました。

この湯船では湯温を均一に保つために放流循環併用式が採ら
れているとのことであり、白い析出物が付着した右辺中央の
石造りの湯口から源泉がドボドボと注がれているほか、奥辺
や右手前の側面下端の注入口からも適温湯がたっぷりと加え
られ、湯船の縁からの溢れ出しとともに左手前の吸込口から
も排湯されていました。
タイル張りの
内湯は脱衣所
からスロープ
でわずかに下
がった位置に
あり、正面と
露天のある左
側が大きなガ
ラス張りとな
った明るい造
りとなってい
ます。
右側に格子戸の入口が前後して並ぶ
露天風呂を併設した大浴場は、11時
と18時の1日2回暖簾の掛け替えが行
われる男女時間交替制で、訪問時は
手前側が男湯となっていました。

籐タイル張りの脱衣所は清潔感があ
り、右側手前に各段に3個ずつ籠を
納めた5段棚、斜め向かいには洗面
ボウル2基のパウダーコーナーが備
えられ、左奥のトイレの裏手には小
さな腰掛けが設えられています。
『四万ゆづりは荘』は、国道353号
の湯薬師トンネルを抜けて右へ逸れ、
坂を下ってT字交差点を右折し、旧
道を160mほど南下した右手、ゆず
りは飲泉所のあるゆずりは地区に所
在する1966年に創業された公営の国
民宿舎です。

四万川を背にして建つ公共の宿らし
い飾りっ気のない建物は鉄筋鉄骨造
りの地下1階・地上3階建てで、2・3
階にある客室は全27室を数えます。
四万温泉は、国道145号の伊勢町上交差点から国道353号で北へ約14km、
1500m級の山々に囲まれた四万川とその支流である日向見川・新湯川沿
いに36軒の旅館・ホテルが建ち並ぶ温泉地で、草津温泉・伊香保温泉と
並んで“上州三名湯”と呼ばれています。

延暦年間(782~806)に蝦夷征討の際に立寄った坂上田村麻呂が発見した
とも、989(永延3)年頃、越後から上野国へ越えてきた源頼光の四天王の
1人である碓氷日向守貞光が、夜中読経を行っていたところ、夜半にど
こからともなく現われた童子が「汝が読経の誠心に感じて四万の病悩を
治する霊泉を授ける。我はこの山の神霊なり。」という神託を授け、お
告げのとおりに発見されたその温泉を“御夢想の湯”、その地を“四万
郷”と名付けたとも伝えられています。

トップページへ



群馬県の温泉へ



自動ドアの玄関を入るとすぐ右手
にフロントがあり、立寄り入浴を
お願いします。

浴場はロビーを抜けると正面右に
設置されているエレベーターで地
下に下り、廊下を左へ進んだ奥に
あり、突き当たりには飲泉所も設
けられています。
戦国時代には、関東管領であった上杉憲政(1523~1579)が度々訪れ、
1563(永禄6)年に武田信玄方の真田幸隆の攻めを受けた岩櫃城主 斎藤
基国の家臣で、落城の際のしんがりを務めた田村甚五郎清政が、この
地に留まって湯屋を設置。真田昌幸もその孫である田村彦左衛門に湯
守を命じ、整備に力を入れたそうです。
17世紀後半になると湯治場として広く知られるようになり、大正時代
後半からは長期滞在型の利用が増加。与謝野晶子や高村光太郎・太宰
治といった文人も訪れていたとのことです。

温泉街は奥から日向見・ゆずりは・新湯・山口・温泉口という5つの
地区に分かれ、1954年には酸ケ湯温泉・日光湯本温泉とともに国民保
養温泉地の第1号に指定されています。
ゆずりは飲泉所