住 所   岐阜県高山市奥飛騨温泉郷中尾442-14
  電 話   0578-89-2457
 営業時間   立寄り 10:00~14:00 (要確認)
 入浴料   500円
温泉利用状況   完全放流式
   
 源 泉 名   下毛泉
  泉 質   単純温泉
 湧出量       ℓ/min
 泉 温        ℃
 pH   
 成分総計         g/㎏
    
  
  
  
  
  

 入浴履歴   初訪13.06.22
 評 価   ★★★★(暫定)
 新穂高温泉
あんきな宿 宝山荘別館
         しんほだかおんせん あんきなやど ほうざんそうべっかん
源泉100%の無色透明の適温湯は、
ほぼ無味無臭ですが、口に含むと槍
見舘でも感知されたゴムのような、
もしくは油臭っぽい成分臭がかろう
じて香り、肌が少しつるきししまし
た。
その奥には手前
半分ほどに屋根
の掛かった略円
形の岩風呂が配
され、右奥の木
樋状の湯口から
1971年に掘削さ
れた下毛泉と呼
ばれる自家源泉
がドボドボと掛
け流されていま
す。
ガラス張りの玄関を入るとすぐ左
にフロントがあり、応対に出て来
られたご主人に立寄り入浴をお願
いすると、受付終了間際でしかも
事前連絡なしの訪問にもかかわら
ず、快く応じて下さいました。

この宿には、男女別の内湯と混浴
露天、檜の貸切露天の4つの浴場
があり、立寄りの場合は混浴露天
のみ利用することができます。
『あんきな宿 宝山荘別館』は、中尾橋から新穂高ロープウェイへ向か
って県道を450mほど上ると左手に所在する、栃尾温泉で蕎麦屋も営ん
でいる温泉民宿 宝山荘の姉妹館である温泉旅館です。

淡黄色の外壁に黒褐色の柱が映える黒川温泉の湯宿を想わせる建物は、
1971年に建てられ、2007年に改築されたという木造2階建てで、客室は
全10室を数えます。
また、1841(天保12)年に高山陣屋の地役人 山崎弘泰が記した『蒲田
記』には、「蒲田温泉」の名で紹介されており、少なくとも江戸後期
には周知されていたようです。

現在は、県道槍ヶ岳公園線(475号)の神坂トンネルから蒲田トンネル
を抜けるまでの川沿いに宿泊施設が点在する“蒲田源泉エリア”、中
尾橋を渡って右手を上った先、2000m以上の山々に囲まれた高原に立
地する“中尾源泉エリア”、中尾橋から新穂高ロープウェイに至る最
奥部に位置する“新穂高源泉エリア”の3つの地区からなり、宿泊施
設は中尾エリアを中心に総数約40軒を数えます。

なお、1964年の平湯温泉に続き、1968年11月には温泉郷を構成する残
りの3温泉とともに国民保養温泉地に指定されています。
新穂高温泉は、穂高連峰を源とする蒲田川の上流域に湧く温泉で、奥飛騨温泉郷と総称される5つの温泉地の
中では最も北に位置しています。

開湯の時期ははっきりしませんが、1728(享保13)年に7代目の飛騨国代官に着任した長谷川忠崇が徳川吉宗の
命により編纂に着手し、1829(文政12)年に孫 一陽の校訂を経て幕府に献納された『飛州志』には、天正年間
(1573~1593)、東濃に住む孝行息子が薬師如来の導きによってこの地を訪れ、重病の親を湯に浸からせたと
ころ、7日で気分が晴れ、14日で身体壮健、27日で10数年来苦しんできた病が完治したという伝説が残されて
います。
対岸に槍見舘を望むことができるように前面には遮蔽物が一切なく、蒲田川の渓流や緑鮮やかな初夏の山々
を眺めながら、“露天風呂天国”と称される奥飛騨温泉郷ならではの開放感満点の湯浴みを十二分に満喫さ
せていただきました。                                 〔14.05.02〕
混浴の露天風呂は、館外に一旦出て
建物の右横を抜けた先に設けられて
おり、手前に付設された木造りの湯
小屋へ入ると、すぐ左手に小さな棚
と鉤状の腰掛けが設えられており、
棚に2個、腰掛けの上に3個の角籠が
備えられていました。

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