住 所   岐阜県高山市奥飛騨温泉郷神坂555
  電 話   0578-89-2801
 営業時間   立寄り 8:00~20:00 (貸切露天 10:00~14:00)
 入浴料   800円 (貸切露天 1500円)
温泉利用状況   完全放流式 (加水あり)
   
 源 泉 名   カルカヤ1・2号 混合水
  泉 質   単純温泉
 湧出量   220  ℓ/min
 泉 温   66.2  ℃
 pH   6.2
 成分総計   0.9542 g/㎏
    Na=180.7/K=14.4/Ca=21.8/Mg=1.5/Fe2=0.65/
  Mn=0.15(219.2㎎/㎏)
  F=6.6/Cl=81.4/SO4=22.4/HCO3=396.6(509.0㎎/㎏)
  H2SiO3=145.3/HBO2=8.1(153.4㎎/㎏)
  CO2=72.6(72.6㎎/㎏)
            〔2009.04.20〕
 入浴履歴   初訪07.05.03,最終12.05.19(2回目)
 評 価   ★★★★ (暫定
 新穂高温泉
水明館 佳留萱山荘
           しんほだかおんせん すいめいかん かるかやさんそう
温泉成分によって赤茶けた湯口や湯滝では金気臭がはっきりと感じられるも
のの、湯船を満たした深緑色掛かって見える透明湯からは、わずかに金気を
帯びた重曹系の成分臭が香る程度で、少しつるりとする肌触りが印象に残り
ました。
この宿では3
本の自家源泉
を所有し、こ
のうち大露天
風呂とかじか
の湯では、炭
酸水素塩泉で
あるカルカヤ
1号泉と単純
温泉の2号泉
の混合泉、残
りの湯船では
含食塩-重曹
泉である3号
泉が掛け流さ
れています。
大小の岩を利
用して造られ
た湯船は、手
前側の左右と
左奥の大きく
3つに分かれ、
奥の湯船には
最奥に巨石を
積み上げて設
えた湯滝、そ
の左手には洞
窟風呂が設け
られています。
浴場の入口に
は木造の脱衣
小屋が設置さ
れ、手前にコ
インロッカー
が18庫、奥に
は左に8個の
籠を納めた20
庫の脱衣箱、
右側には4段
の棚に18個の
プラスチック
籠が備えられ
ていました。
まず、本館に出向き、玄関の左手に
あるフロントで入浴券を発行しても
らい、宿とは反対側に造られた露天
風呂へ向かいます。

緑色の大暖簾を潜ってその先の階段
を下りていくと、手前右手が女性専
用露天、奥が約250畳もの広さを誇
り、公式サイトで“日本随一”と喧
伝されている大露天風呂となってい
ます。
浴場は、本館地下にある男女別の
大浴場、混浴の大露天風呂と女性
専用露天風呂のほか、蒲田川の真
横に設けられた“かじかの湯”、
大正時代に味噌を作る豆を炊いて
いた釜を用いた“望槍の釜湯”、
1999年3月のテレビ東京「TVチ
ャンピオン 大工選手権」で造ら
れた“夢をいつまでもの湯”とい
う3か所の貸切露天風呂があり、
大浴場以外は立寄りでも利用する
ことができます。
『水明館 佳留萱山荘』は、神坂ト
ンネルを抜け、150m先で左に分か
れる旧道を1.3㎞ほど上り、案内板
にしたがって右斜め前方へ下ってい
くと敷地の右奥に所在している、下
呂温泉の老舗旅館 水明館が1989年3
月に開業した日本秘湯を守る会の会
員宿です。

蒲田川右岸の畔に建っている山小屋
っぽい建物は、14室の客室を擁する
木造2階建て。
新穂高温泉は、穂高連峰を源とする蒲田川の上流域に湧く温泉で、奥飛騨温泉郷と総称される5つの温泉地の
中では最も北に位置しています。

開湯の時期ははっきりしませんが、1728(享保13)年に7代目の飛騨国代官に着任した長谷川忠崇が徳川吉宗の
命により編纂に着手し、1829(文政12)年に孫 一陽の校訂を経て幕府に献納された『飛州志』には、天正年間
(1573~1593)、東濃に住む孝行息子が薬師如来の導きによってこの地を訪れ、重病の親を湯に浸からせたと
ころ、7日で気分が晴れ、14日で身体壮健、27日で10数年来苦しんできた病が完治したという伝説が残されて
います。

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GWの真っ只中に初めて訪れた時は、入
浴客のあまりの多さに辟易し、また、湯
船自体も人工っぽさが目に付いて、正直
良い印象が残りませんでした。
ところが、改めて訪れてみると、遮蔽物
の一切ない自然の中に造られた広大な浴
場は、遠く北アルプスの峰々や新穂高ロ
ープウェイが眺望できるなど開放感が抜
群で、すぐ横で轟々と流下する蒲田川の
瀬音をBGMにのんびりと湯浴みを満喫
することができ、その良さを再認識しま
した。          〔12.05.22〕
また、1841(天保12)年に高山陣屋の地役人 山崎弘泰が記した『蒲田
記』には、「蒲田温泉」の名で紹介されており、少なくとも江戸後期
には周知されていたようです。

現在は、県道槍ヶ岳公園線(475号)の神坂トンネルから蒲田トンネル
を抜けるまでの川沿いに宿泊施設が点在する“蒲田源泉エリア”、中
尾橋を渡って右手を上った先、2000m以上の山々に囲まれた高原に立
地する“中尾源泉エリア”、中尾橋から新穂高ロープウェイに至る最
奥部に位置する“新穂高源泉エリア”の3つの地区からなり、宿泊施
設は中尾エリアを中心に総数約40軒を数えます。

なお、1964年の平湯温泉に続き、1968年11月には温泉郷を構成する残
りの3温泉とともに国民保養温泉地に指定されています。