住 所   岐阜県高山市奥飛騨温泉郷神坂112
  電 話   0578-89-2121
 営業時間   立寄り 10:30~17:00
 入浴料   500円
温泉利用状況   完全放流式
   
 源 泉 名   中部山岳開発4号泉
  泉 質   単純温泉
 湧出量   350   ℓ/min
 泉 温   62.5  ℃
 pH   
 成分総計   0.720 g/㎏
    Na=116.2/K=13.0/Ca=35.5/Mg=7.4/Fe2=0.5
  (172.6㎎/㎏)
  F=5.7/Cl=106.1/SO4=5.6/HCO3=260.8/CO3=9.4
  (387.6㎎/㎏)
  H2SiO3=143.2/HBO2=5.8(149.0㎎/㎏)
  CO2=10.7(10.7㎎/㎏)
           
〔1984.10.17〕
 入浴履歴   初訪12.05.19
 評 価   ★★★★
 新穂高温泉
ホテル ニューホタカ
                     しんほだかおんせん ほてる にゅーほたか
新緑が眩い大自然の中、
轟々と響き渡る左俣川の
瀬音をBGMに、爽快な
湯浴みを満喫させていた
だきました。
     〔13.03.16〕
各湯船に満たされた貝汁のようにうっすらと濁った適温の透
明湯からは、無味ながらわずかに成分臭が香り、湯に浸かる
と肌がつるきししました。
一方、混浴露天は、ホテ
ル右側の森へ入って樹間
を抜けて下り、小川を渡
った先の左俣川左岸の畔
にあり、左手前には6庫
の脱衣箱とプラスチック
籠3個を備えた木造りの
脱衣小屋“はだかの関所”
が建っています。
湯船には、正面中央の厚みのない岩に穴を穿って設えた湯口から源泉が
ドボドボと注がれ、湯に浸かる度に右奥の湯尻だけでなく湯船の縁全体
から気持ち良く溢れ出し、湯船周りや床は砥粉色の析出物でコーティン
グされていました。
アーチ屋根の玄関を入ると、紅御
影の切石を張ったエントランスの
右手にフロントがあり、居合わせ
たご主人に立寄り入浴をお願いし
ます。

浴場は、男女別の内湯と混浴の露
天風呂の2か所。
内湯は、玄関からまっすぐ延びた
カーペット敷きの廊下を進んだ奥
にあり、突き当たりが女湯、右手
前が男湯となっていました。
『ホテル ニューホタカ』は、奥飛
騨温泉郷総合観光案内所の手前を左
に折れて蒲田川を渡り、蒲田川と左
俣川の右岸沿いを350mほど上って
再び左俣川左岸へ渡河し、幅の狭い
舗装路を上っていくと、標高1146m
の蒲田左俣林道入口の左側に所在す
る、中部山岳開発㈱が運営する客室
数全6室のロッジです。
新穂高温泉は、穂高連峰を源とする蒲田川の上流域に湧く温泉で、奥飛騨温泉郷と総称される5つの温泉地の
中では最も北に位置しています。

開湯の時期ははっきりしませんが、1728(享保13)年に7代目の飛騨国代官に着任した長谷川忠崇が徳川吉宗の
命により編纂に着手し、1829(文政12)年に孫 一陽の校訂を経て幕府に献納された『飛州志』には、天正年間
(1573~1593)、東濃に住む孝行息子が薬師如来の導きによってこの地を訪れ、重病の親を湯に浸からせたと
ころ、7日で気分が晴れ、14日で身体壮健、27日で10数年来苦しんできた病が完治したという伝説が残されて
います。

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その奥の大岩の下に幅3.6m強、奥行き2.4m強ほどの岩風呂
が設えられ、右奥の岩の間から源泉がトボトボと注がれてい
ました。
脱衣所は幅狭の奥に長い造りで、右
側に上段のみ籠を納めた大振りな脱
衣箱10庫、左奥には洗面ボウル1基
が備えられています。

少し湯気蒸した浴室はタイル張りで、
右側にシャワーカラン3基と温冷カ
ラン2基が並び、大小の礫を固めて
立ち上げた左壁に寄せて、幅2.4m
強、奥行き1.45m強ほどの五角形の
タイル張り湯船が配されています。
また、1841(天保12)年に高山陣屋の地役人 山崎弘泰が記した『蒲田
記』には、「蒲田温泉」の名で紹介されており、少なくとも江戸後期
には周知されていたようです。

現在は、県道槍ヶ岳公園線(475号)の神坂トンネルから蒲田トンネル
を抜けるまでの川沿いに宿泊施設が点在する“蒲田源泉エリア”、中
尾橋を渡って右手を上った先、2000m以上の山々に囲まれた高原に立
地する“中尾源泉エリア”、中尾橋から新穂高ロープウェイに至る最
奥部に位置する“新穂高源泉エリア”の3つの地区からなり、宿泊施
設は中尾エリアを中心に総数約40軒を数えます。

なお、1964年の平湯温泉に続き、1968年11月には温泉郷を構成する残
りの3温泉とともに国民保養温泉地に指定されています。