住 所   岐阜県高山市奥飛騨温泉郷中尾202-1
  電 話   0578-89-0022
 営業時間   立寄り 10:00~15:00
 入浴料   300円
温泉利用状況   完全放流式 (加水あり)
   
 源 泉 名   ㈲中尾温泉3号泉
  泉 質   単純温泉
 湧出量        ℓ/min
 泉 温   84.5  ℃
 pH   7.12
 成分総計        g/㎏
    
  
  
  
  
  

 入浴履歴   初訪15.02.28
 評 価   ★★★★
 新穂高温泉
ペンション 山の湯
                     しんほだかおんせん ぺんしょん やまのゆ
現在は、県道槍ヶ岳公園線(475号)の神坂トンネルから蒲田トンネル
を抜けるまでの川沿いに宿泊施設が点在する“蒲田源泉エリア”、中
尾橋を渡って右手を上った先、2000m以上の山々に囲まれた高原に立
地する“中尾源泉エリア”、中尾橋から新穂高ロープウェイに至る最
奥部に位置する“新穂高源泉エリア”の3つの地区からなり、宿泊施
設は中尾エリアを中心に総数約40軒を数えます。
なお、1964年の平湯温泉に続き、1968年11月には温泉郷を構成する残
りの3温泉とともに国民保養温泉地に指定されています。

新穂高温泉の一つ、中尾源泉エリアは、南東に焼岳、蒲田川を挟んだ
北西に錫杖岳・笠ヶ岳を一望できる標高1200mの高原で、旅館・民宿
のほかペンションも多く所在し、宿泊施設は22軒を数えます。
新穂高温泉は、穂高連峰を源とする蒲田川の上流域に湧く温泉で、奥飛騨温泉郷と総称される5つの温泉地の
中では最も北に位置しています。

開湯の時期ははっきりしませんが、1728(享保13)年に7代目の飛騨国代官に着任した長谷川忠崇が徳川吉宗の
命により編纂に着手し、1829(文政12)年に孫 一陽の校訂を経て幕府に献納された『飛州志』には、天正年間
(1573~1593)、東濃に住む孝行息子が薬師如来の導きによってこの地を訪れ、重病の親を湯に浸からせたと
ころ、7日で気分が晴れ、14日で身体壮健、27日で10数年来苦しんできた病が完治したという伝説が残されて
います。
また、1841(天保12)年に高山陣屋の地役人 山崎弘泰が記した『蒲田記』には、「蒲田温泉」の名で紹介され
ており、少なくとも江戸後期には周知されていたようです。
飛び石を伝って奥へ歩を進めると、右側に2.8×2.8mほどの岩風呂が木
立に臨んで配されていました。
向かって左奥の小さなフ
クロウが載った岩組みの
湯口から静かに流れ落と
され、右手前に立つ塩ビ
パイプから排湯されてい
るのは、45mほど上方に
位置する泉源から引湯さ
れた激熱の単純温泉。

トップページへ



岐阜県の温泉へ



湯口ではわずかに硫黄臭が感知できる無色透明の湯からは、表現し難い
ガスっぽい特有の湯の香と少苦味が感じられ、粒状の淡褐色の湯の華が
少量舞い、底が藻でぬるぬるする湯船に浸かると、肌がしっとりしまし
た。

湯温が少し高いためにずっと浸かっていることはできませんが、湯船か
ら出たり入ったりを繰り返し、ひんやりした外気で身体の熱気を冷まし
ながら、宿名ともなっている山のいで湯を存分に楽しませていただきま
した。                        〔16.02.25〕
5段の石段を上がって木の扉を入る
と、板塀に囲まれ、片流れの屋根が
載った簀子敷きの簡素な脱衣所があ
り、扉のすぐ右に設えられた木造り
の2段棚に3個の角籠が備えられてい
ました。
2013年6月に一度訪れたことがありますが、ご不在で入湯が叶わなか
ったことから、事前に電話で立寄り入浴の可否を確認して訪問しまし
た。

切妻屋根の上に雪が残る2階建ての建物は普通の民家のような佇まい
で、客室は全3室を数えます。
降雪対策で風除室が設けられた玄関を入り、応対に出て来られた女将
さんに改めて入浴をお願いします。
この宿には貸切利用の内湯と露天があり、玄関の向かい側に設けられ
た露天風呂のみ外来利用ができます。
『ペンション 山の湯』は、中尾高
原エリアのシンボルである大きなゆ
暖簾を横目にヘアピンカーブの坂を
1㎞余り上り、さらにY字路交差点
から右へ230mほど上ると右手に所
在する、「小さなお宿 むらせ」と
いう宿泊施設を引き継いで2007年7
月にオープンしたご夫婦で営む小さ
なペンションです。