住 所   和歌山県西牟婁郡白浜町白良浜1379
  電 話   0739-43-5151
 営業時間   立寄り 14:00~17:00 (休=土・祝前日・祝日・
                夏休)
 入浴料   1050円
温泉利用状況   完全放流式 (夏期 加水・厳冬期 加温あり)
   
 源 泉 名   上山湯
  泉 質   含硫黄-ナトリウム-塩化物泉
 湧出量   348   ℓ/min
 泉 温   72.0  ℃
 pH   6.7
 成分総計   11.974 g/㎏
    H=<0.1/Na=3290/K=164.3/Ca=118.9/Mg=317.5/
  Al=<0.1/Fe2=0.2/Mn=0.6(3892㎎/㎏)
  F=4.7/Cl=5318/SO4=582.5/HCO3=1847/CO3=0.8/
  OH=<0.1/HS=0.2/S2O3=2.4/HSiO3=<0.1/HPO4=<0.1
  (7756㎎/㎏)
  H2SiO3=78.7/HBO2=47.4(126.1㎎/㎏)
  CO2=200.8/H2S=0.4(201.2㎎/㎏)
   
〔2007.10.29〕
 入浴履歴   初訪14.04.12
 評 価   ★★★★
 白浜温泉
白 浜 館
                            しらはまおんせん しらはまかん
各湯船に掛け流されているのは、“上山湯”と呼ばれる含食塩-硫黄
泉。
内湯は適温、露天岩風呂は熱め寄りの適温、樽風呂は上段がやや熱め、
下は少しぬるめといった湯加減で、夏期に加水し、厳冬期の気温低下
時のみ加温されているというほぼ無色透明の湯からは、かすかに藻の
ような湯の香と塩甘味が感じられ、肌が少しつるっとしました。

内風呂の横の岩積みは、上から源泉を掛け流して意図的に付けたと推
定される淡黄色の析出物によって鍾乳石のような状況を呈しており、
温泉成分の濃さを視覚的にも実感することができました。
                          〔15.02.04〕
一方、左側手前のガ
ラス戸を出た先には
上に藤棚が設えられ
た石張りの露天エリ
アがあり、ガラスを
挟んで内風呂と対峙
する右半には石造り
の湯船、左側には徳
川吉宗が幼少の頃に
梅樽に湯を運んで湯
浴みを楽しんだとい
う謂れに由来する三
つ葉葵の紋が付され
た梅樽風呂2基が配
されています。
奥壁の前には
幅7.75m、奥
行き4.4mほ
どのゆったり
した平石張り
の湯船が配さ
れ、岩の間か
らトボトボと
源泉が落とさ
れていました。
パウダーコーナー両側のガラス扉から出入りできる浴室は平石張りで、
右側から正面にかけて大小の岩が石垣のように積み上げられ、高さのあ
る三角屋根を覆った白色の波板全体から採光が確保されているため、明
るく開放的な造りとなっています。

入口を入った手前側に6基のシャワーカランが並ぶ簀子敷きの洗い場が
あり、右壁の前にも2基のシャワーカランが設置されています。
脱衣所は奥行きのある空間で、床に敷かれた板製のタイルが足裏に心地
良く感じます。

中央に縦に並べられた3脚の腰掛けを挟んで、左壁には平面楕円形の籠
を納めた脱衣箱30庫、対する右には手前に洗面ボウル6基のパウダーコ
ーナーが設置され、さらにその奥の両側に置かれた3段のスチールラッ
クにも各段に3個ずつ角籠が備えられていました。
この宿には、“不老泉”“瑞穂の
湯”とそれぞれ名付けられた露天
風呂を併設した男女別の大浴場が
あり、ロビーから階段で8段ほど
上って廊下を奥へ進むと、左側に
あるブーゲンビリアというレスト
ランの背後が男湯、廊下を挟んで
その手前右側が女湯となっていま
す。
白浜温泉は、阪和自動車道の南紀田辺I.Cから国道42号田辺バイパスと県道南紀白浜空港線(33号)・田辺白
浜線(31号)経由で14㎞余り、太平洋を望む田辺湾から鉛山湾の沿岸に70軒余りのホテル・旅館・民宿・ペン
ション・保養所などが点在する、古賀浦・大浦・湯崎など5つの温泉地からなる温泉郷です。

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『白浜館』は、県道田辺白浜線(31号)の終点である環状交差点から県道
白浜温泉線(34号)を230m余り南へ向かうと左手に所在する、白浜で複
数の宿泊施設や食事処、日帰り入浴施設や観光施設を運営する天山閣グ
ループが経営する1922(大正11)年創業の老舗ホテルです。

県道に面して建つ建物は、1962年に建築された鉄骨造り3階建ての本館
と別館、1994年築の離れ客室「海南荘」、1973年に建てられ、2001年に
改築された民宿「しらすな庭」からなり、客室は本館と離れの27室に別
館16・民宿10室を加えた全53室を数えます。
本館の玄関を入ると、カーペット敷きのロビーの左側がフロントとなっ
ており、立寄り入浴をお願いすると、浴場の準備具合を確認するために
しばらく待たされた後、案内していただきました。
中でも湯崎温泉は、『日本書紀』の斉明天皇条に「牟婁の温湯」「紀
の温湯」として登場し、兵庫県有馬温泉・愛媛県道後温泉と並んで
“日本三古泉”の一つとして数えられています。
また、明治時代の初期には、礦湯・浜の湯・元の湯・疝気湯・阿波湯
・屋形湯・崎の湯という7か所の湯が知られ、“湯崎七湯”と称され
ていました。

長らく湯崎(鉛山)地区のみに限られていた温泉地が大きく拡大、発展
したのは、開発会社によるボーリングで各地区に新たな温泉地が誕生
し始めた1920年代以降。
昭和に入ると製塩事業の熱源として高温源泉が盛んに掘削され、1941
年には1分間の湧出量が13000ℓに達していたそうです。