住 所   和歌山県西牟婁郡白浜町1903
  電 話   0739-42-3019
 営業時間   2014.11 閉館
 入浴料   1050円
温泉利用状況   完全放流式 (加水あり)
   
 源 泉 名   行幸源泉
  泉 質   ナトリウム-塩化物泉
 湧出量       ℓ/min
 泉 温   78.0 ℃
 pH   7.9
 成分総計   11.88 g/㎏
    H=<0.1/Na=3390/K=167.0/Ca=91.0/Mg=226.4/Al=0.1/
  Fe2=0.1/Mn=0.6(3875㎎/㎏)
  F=3.5/Cl=4396/SO4=451.5/HCO3=1834/CO3=157.6/
  OH=<0.1/HS=0.2/S2O3=1.1/BO2=<0.1/HSiO3=<0.1
  (7254㎎/㎏)
  H2SiO3=110.9/HBO2=49.8(160.7㎎/㎏)
  CO2=<0.1/H2S=0.3(0.3㎎/㎏)
     
〔2014.02.26〕
 入浴履歴   初訪14.04.12
 評 価   ★★★★
 白浜温泉
湯 崎 館
                       しらはまおんせん ゆざきかん
白浜温泉は、阪和自動車道の南紀田辺I.Cから国道42号田辺バイパスと県道南紀白浜空港線(33号)・田辺白
浜線(31号)経由で14㎞余り、太平洋を望む田辺湾から鉛山湾の沿岸に70軒余りのホテル・旅館・民宿・ペン
ション・保養所などが点在する、古賀浦・大浦・湯崎など5つの温泉地からなる温泉郷です。
湯加減が少しぬるめとな
っていた露天風呂では判
然としませんでしたが、
湯口との距離によってや
や熱めから適温の湯を楽
しむことができる内湯で
は、無色透明の湯からガ
スっぽい硫黄臭と薄塩甘
味が感じられ、肌がつる
つるしました。
両湯船に加水のうえで掛け流されているのは、当温泉の代表
的な共同源泉である行幸源泉。
擬竹の垣で画されたその横には、寄
棟屋根の四阿の下に4.3×2.0mほど
の石風呂が配され、脱衣所から見て
左奥隅に岩を組んで設えられた階段
状の湯口から源泉が静かに注がれて
いました。
一方、女性露天の“薬殿の湯”と
ともに1998年に新設された露天風
呂の“屋形の湯”は、脱衣所の右
側手前のガラス戸から奥へ進んで
突き当たりを右へ折れ、階段を11
段上った先にあり、こちらにも簡
易な脱衣所が手前に付設されてい
ます。
緑色のゴムマットが敷かれた脱衣所には、左壁に設えられた3段棚に31
個の角籠が備えられ、向かいには洗面ボウル3基が設置されています。

まずは、左手前の扉から5段分下りた大浴場の“竜門の湯”へ。
浴室はタイル張りで、左壁から正面にかけて10基、右奥に2基のシャワ
ーカランが並び、右側には階段のすぐ右手に鎮座する巨大な岩を背に周
りを大小の岩で縁取った湯船が配され、巨岩の横に引かれたパイプから
熱めの源泉が加えられていました。
二重になったガラス張りの自動ド
アから館内へ入ると、ロビーの左
にフロントがあり、立寄り入浴を
お願いします。

この宿には、大浴場と露天からな
る男女別浴場のほか、“しおさい
の湯”“なごみの湯”という貸切
風呂があり、男性浴場は2階の右
奥、女性浴場は3階に位置してい
ます。
『湯崎館』は、白良浜の公共駐車場から県道白浜温泉線(34号)を名物風
呂の崎の湯へ向かって780m足らず向かうと左手に所在する、1604(慶長
9)年に庄屋であった森三太夫が紀州浅野家の湯守として着任し、湯銭の
定書を与えられ、宿舎の経営と共同湯の管理を行うようになったのを嚆
矢とする白浜では最も歴史の古い老舗旅館です。

県道と2013年7月にオープンした「フィッシャーマンズワーフ白浜」の
駐車場を挟んで鉛山港に臨んで建つ高層の建物は、1960年に建築された
鉄骨造りの6階建てで、全室がオーシャンビューの和室となっていると
いう客室は全30室を数えます。
中でも湯崎温泉は、『日本書紀』の斉明天皇条に「牟婁の温湯」「紀
の温湯」として登場し、兵庫県有馬温泉・愛媛県道後温泉と並んで
“日本三古泉”の一つとして数えられています。
また、明治時代の初期には、礦湯・浜の湯・元の湯・疝気湯・阿波湯
・屋形湯・崎の湯という7か所の湯が知られ、“湯崎七湯”と称され
ていました。

長らく湯崎(鉛山)地区のみに限られていた温泉地が大きく拡大、発展
したのは、開発会社によるボーリングで各地区に新たな温泉地が誕生
し始めた1920年代以降。
昭和に入ると製塩事業の熱源として高温源泉が盛んに掘削され、1941
年には1分間の湧出量が13000ℓに達していたそうです。

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現当主の森 洋社長で12代目を数えるというこの宿は、2014年11月から休館となり、建築から半世紀以上を
経過して老朽化した建物を撤去し、跡地に全客室に露天風呂を備えた新たな施設を新築するとのこと。

旅館経営を取り巻く環境が厳しさを増す中、代々「森三太夫」の名で引き継がれてきた歴史と伝統を継承し
つつ、新たなステージへ向けて生まれ変わる湯崎館の営業再開を楽しみにしています。    〔15.02.01〕