住 所   熊本県阿蘇郡小国町下城杖立
  電 話   
 営業時間   7:00~20:00
 入浴料   200円
温泉利用状況   完全放流式
   
 源 泉 名   
  泉 質   ナトリウム-塩化物泉
 湧出量       ℓ/min
 泉 温        ℃
 pH   
 成分総計       g/㎏
 





 入浴履歴   初訪13.04.27
 評 価   ★★★★
 杖立温泉
薬 師 湯
                              つえたておんせん やくしゆ
湯船にたっぷり満たされた無色透明の湯からは、芒硝っぽい匂いがは
っきり香り、鮮度の良さを実感することができました。


右奥のガラス窓の下には、昔から杖立の宿で親から子、子から孫へと
伝えられてきたという入浴心得“温泉六戒”が掲示され、添えられて
いる可愛らしいイラストに気持ちが何だか癒されます。
壁から天井が空色のペンキで仕上げられた浴場は、別府温泉の共同湯
を想わせる風情があり、肌がビリビリするような熱めの温泉ともども
とても好感しました。                〔14.02.11〕
縦に長い平面長
方形の石張りの
浴室には、1.85
×1.35mほどの
タイル張り湯船
が仕切り壁に寄
せて配され、左
手前で浴槽内に
挿入されたパイ
プ湯口から高温
の純食塩泉が静
かに加えられて
います。
浴場は手前に脱衣所、そこから1段下がった奥に浴室が続く一体型の造
りで、右奥から正面の壁にはガラス窓と湯気抜きが巡らされており、採
光はとても良好です。

簀子敷きの小ぢんまりした脱衣所には、左手前の壁に16庫の脱衣箱が埋
め込まれ、すぐ左の仕切り壁には湯銭箱、その上には扇風機が備え付け
られていました。
『薬師湯』は、国道から白岩橋で杖立川
の右岸に渡り、旧道を上流側へ向かうこ
と約1.3㎞、大自然という大型旅館の右
側から東林瑠璃堂薬師通りと呼ばれる背
戸屋を下っていくと、坂の途中左手に現
われる湯鶴薬師堂(東林瑠璃堂)の1階部
分に併設されている共同浴場です。

連続する石段を下りるとすぐ左、木造2
階建て建物の1階の左端に唐破風の庇を
載せた入口があり、その右側の外壁には
竹細工が施されています。
明治時代以降、野口雨情や高野素十といった文人が当地を訪れ、1947
年には、火野葦平が葉隠館に逗留して執筆した当温泉を舞台にした小
説『花扇』が発表されました。

昭和初期から高度成長期までは歓楽街温泉として大いに栄え、「九州
の奥座敷」と呼ばれていた当温泉も、バブル期以降は衰退傾向にあり
ましたが、近年では、“背戸屋(せどや)”と呼称される昭和期の雰囲
気を色濃く留めた迷路のような狭い路地裏の散策や源泉の蒸気を利用
した杖立プリン伝説プロジェクトなど、新たなまちづくりが進められ
ています。
また、4月初旬から5月中旬、杖立川の上を3500匹もの鯉のぼりが泳ぐ
鯉のぼり祭りは、全国に先駆けて1963年から始められたもので、小国
の春の風物詩として大勢の観光客で賑わっています。
杖立温泉は、小国町の中心部から国道212号(日田街道)を経由して北北東方向へおよそ7.8㎞、筑後川の上流
杖立川の渓流沿いに20軒足らずの宿泊施設と数か所の日帰り入浴施設・共同浴場が建ち並ぶ、大分県境に接
した谷間の温泉地です。

今から約1800年前、新羅出兵から帰国した神功皇后が筑紫で産気づいた際、白髪の老人のお告げによって発
見され、後の応神天皇の産湯として使用されたという開湯伝説を残す古湯で、「杖立」という地名は、平安
時代初期にこの地に立ち寄った空海(弘法大師)が、杖をついて湯治に訪れた病人が、浴後に杖を立てたまま
忘れて帰途についた様子を見て詠んだ、“湯に入りて 病なおれば すがりてし 杖立ておいて 帰る諸人”と
いう歌に由来しているとのことです。
江戸時代には熊本藩の御前湯が置かれ、湯治場として賑わったほか、文化・文政期(1804~1830)には、湯亭
という温泉業者が現われました。

トップページへ



熊本県の温泉へ



扁額が掲げられたサッシ戸の入口を入ると、薄暗いコンクリート打ちっ放しの
空間から右奥へ通路が延びており、通路手前の扉が男湯、右奥が女湯の入口と
なっていました。